囚われの生活 激しい恋

まだ開店していない小さなバー【クロス】の店内で、ここのバーテンダーである佐山勝彦は一人開店準備に追われていた。
店を綺麗に掃除し終えると、ソムリエエプロンを身に付けて出勤がてら買ってきたフルーツにナイフを入れる。店で人気のフレッシュジュースを使ったカクテルの仕込みを始めた。
この【クロス】は佐山がホテルでバーテンダーをしていた頃に出会った現オーナーに任された店だ。
カウンター席が10もない小さな店舗だが、カウンターテーブルは重厚なマホガニーの一本板。止り木は飴色になった銅製の枠と臙脂色のクッション。
ランプには草の様な模様が入っており、よく見るとガラス製のカブトムシや蝶が戯れた希少価値の高い物が使われていた。
店内には静かなジャズやクラッシックが流れ、ホッと一息つける様な落ち着いた空間になっていた。
佐山自身バーテンダーとしては特に魅力的な人物とは言い難い。
柳の様なスッとした目元と控えめな唇、清潔感はあるが華やかな客を引き寄せるような容貌ではなく、声も小さくて人を楽しませる様な会話も出来ない、たが静かに微笑み客の話しを穏やかに聞く不思議と人を引き寄せる魅力を持っていた。
だからだろうか、けして繁盛店にはならないものの、その静かで穏やかな空気を求める客が集まっていた。
「相変わらず早いな…」
一人黙々と丁寧にオレンジやリンゴの飾り切り等をしていると、閉めていたはずの扉が開かれた。初夏らしい麻のスーツを身に付けた美丈夫な男が勝手知ったるふうに店内へと入ってくると、佐山の前の止り木に座った。
年頃は30を半ば過ぎた頃だろうか、彫の深いまるでギリシャ彫刻から抜け出した様な美しい男だ。

「篠原さん……」
佐山はオレンジを剥いていた手を止め、不法侵入者を見た。男の名は篠原涼(しのはらりょう)。彼ははこのバーのオーナーであり、佐山は彼の愛人だった。
「勝彦……久し振りだな」
「……何時お帰りに?」
先週から篠原は仕事で海外に飛んでおり、戻りは来週のはずだった。帰国する際は必ず成田まで車で迎えに行っていた。
篠原は帰国して直ぐに佐山の身体を求める。愛人として彼の求めに応じるのが義務と思っていたからこそ、どんな大切な仕事が入っていても出迎えを最優先していたのだが。幾ら思い出してみても、電話もメールもそんなメッセージを聞いた記憶が無い。
佐山は手にしていたフルーツを置くと頭を下げた。
「あの……スミマセン……出迎えに伺えなくて…」
「ああ、気にするなお前には連絡しなかった。さっき戻ったばかりだ、早めに席が取れたから成田から直接ここに寄ったまでさ」
「……そう、ですか、携帯に連絡して頂ければお迎えに上がったのに」
「別に良い、成田まで来たら仕込みが間に合わないだろう」
「仕込みの事は別に気になさらないで下さい」
頑なな表情の佐山に篠原は苦笑いを浮かべ。
「分った、それじゃあ次は何時もの様にお前を呼ぶよ…」
「…はい、お迎えに上がりますから」
ホッとした様な表情を浮かべた佐山を篠原は甘やかす様な蕩ける視線を佐山にばれないように向けていた。
「勝彦それで、いつもの奴は?」
楽しそうに口を歪めて笑うと、佐山はエプロンで手を拭い、カウンター越しに背伸びをした。
「……篠原さん」
恥ずかしそうにもう少しこっちに顔を傾けてとお願いしてくる佐山に、篠原は意地悪い頬笑みを浮かべながら素直に従ってやると、震えながらそっと篠原の唇に口付けてきた。
そして蚊の無く様な声で囁く。
「おかえりなさい……」
「ああ、戻った…」
唇が離れるか離れないかの位置でお互いの吐息を交わす様に囁き合い、そして手を握り合った。
「今日はこのまま居て下さるんですか?」
甘えた様に佐山が頬に自らの頬を擦りつける。
篠原に会うのは久し振りで出来ればこのまま一晩共にいて欲しい。そんな可愛らしい仕草を見せる佐山に、篠原は可愛くて溜まらない。
カウンター越しに佐山の両脇に手を差し入れると、驚きの力で抱き上げカウンターテーブルの上に乗せてしまった。
「お前が私に居て欲しいと言うのなら考えなくもないが…」
篠原はゾクリとする艶っぽい表情を浮かべながら佐山を舐める様な仕草で見つめた。
さり気無く手を伸ばし、佐山の形の良い尻を撫でながら誘惑をする様に割れ目に沿ってなぞる。

「帰って来たばかりなのにお疲れではないのですか?」
頬を紅色に染め、柳の様な眼の奥をしっとりと濡らし始めた佐山は篠原を伺いながらも首に手を廻した。
篠原が求めてくれれば拒否する事等佐山の頭の中には無い。
「お前次第だ…」
唇を寄せると佐山の唇をねっとりと舐め上げた。
「答えなんてお分かりでしょ?」
「さぁ…どうかな?」
意地悪に笑いながらも篠原は形の良い佐山の尻を撫で続けた。
「お前は私が居なくても平気だったのか?」
何時もの戯れの様な会話から、尻を弄っていた指がピッタリとしたパンツの上から下着をみつけ出しぐいっと引っ張った。
「…んっ」
思わず目を閉じてしまう。
下着が尻に食い込み性器が押しつぶされる。既に数年。
篠原に慣らされた身体は彼のほんの悪戯の様な刺激で直ぐに反応してしまう。
態と痛みを与えるほどのその刺激に、佐山は苦痛を感じるどころか、甘く蕩け切った顔で篠原を見つめ、そしてねっとりと首筋に口づけた。
悪戯好きな男は佐山を試しながらも徐々に身体を追い込んでいく。
そんな男が愛しかった。

「ふふ、そんな事を言っている人がなんて悪戯をされているんですか」
「悪戯?馬鹿を言うな軽いスキンシップだ…、それよりどうする?今日店を開けるのなら帰っても……」
「馬鹿……それ以上は言わないで」

細い指先で篠原の唇をそっと押さえた。
「貴方が望めば僕は身体は勿論心も差し出すのは既に貴方はご存知でしょう?それなのに僕を試す事ばかりおっしゃる、それが意地悪でなくてなんになりますか?
「お前も言う様になったな」
「ご主人様の教育が宜しいですから…それともなんでしょうか?僕の身体を散々弄って放置されるおつもりですか?」
「それもいいな……お前が悶える様を見るのも一興かもしれん」
ニヤリと篠原は笑う。

それでは近くの公園でやって差し上げましょうか?どこぞの男の物を咥えこんで足掻く様を見たいとおっしゃるのでしたらして差し上げますが?」
「それは私が耐えられるかどうかわからん」
「貴方が指を咥えているのを見るのも楽しそうですね」
「いいや、指を咥えるはずが無いだろう、お前が満足する様に人を集めて満足するまで犯してやる……黙って見ている等そんな勿体ない事、私がするか」
言葉とは裏腹な酷薄な頬笑みに、佐山は背中にゾクゾクとした寒気が走った。
目の前の人はけして普通の人では無い。紳士然としているが、人を蹴落とす事に一切の躊躇が無い悪魔の様な人なのだ。この人を侮っていると何が起こるか分からないのは自分が一番知っているのだ。だが何時も目の前の人の狂喜にも似た感情に惑わされてしまうのだ。
彼を挑発して、自分だけを見て欲しいと言う欲求を佐山は抑える事が出来なかった。
「私に凄んでもダメですよ…全く貴方はイケナイ人、私を辱める事を考えれば酷い事ばかりなんですから、いつもならOKしてもいいですが、今日は遠慮しておきます…久し振りにお会い出来たのですから今日は貴方だけと一緒に居たい」
「今日は可愛い事ばかり言うな……それではこれは今度ちゃんとセッティングしてやるから期待しておけ……」
誤魔化す事が出来たと思っていたのに、どうやら篠原は実際に佐山を酷い目に合わせたくて仕方が無い様だった。
佐山は今度こそ深いため息をついた。
気が付いたのが遅かったようだ。
遅かれ早かれ惨めな思いをするであろう自分への仕打ちに気を遠くさせながらも、目の前の男から離れられない自分に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「貴方のそういう凶暴な処、好きですけれど、ちょっと嫌です」
「そんな私が好きなお前が大好きだよ」
「知ってます」

佐山はため息深く頷くと篠原はそんな佐山を今度こそ深く抱き込むと、二人でバーカウンターの上で快楽の海に身を投げ出した。



END