猫とダンス2 17

何時頃まで寝ていたのだろうか。パチリと突然目が覚めて今まで僕が気を失った様に眠っていた事に気が付いた。
だが目が覚めたと言っても瞼は開かない。正確には意識が覚醒したといった感じなのだろうか、瞼はまだ重く開く事が出来なかった。
ここはどこなのだろうか?忌々しい死人に水がめの中に連れ込まれてからの記憶が一切ない。
身体が横たわっている様なので起き上がろうとしたが、ピクリとも動かなかった。
多少焦ったが、もしかして身体が吃驚して一時だけ動かないのかもしれないと妙に冷静な考えが頭に浮かんだ。
取敢えず動く場所を探そうと、色んな箇所に意識を集中して努力してみた。だが、殆どが動かず、指がかろうじて動く程度で起き上がるまでには至らなかった。
どうしよう。
きっと今の状況は僕にとって良い状況ではない。
死人に水がめに連れ込まれ楽天的な考えになるほどポジティブシンキングではないなのだ。ポジティブどころかとてつもなく嫌な予感がする。
状況としてはメガネガティブになってもおかしくない状況なのだから仕方が無いところだ。
目を覚ませば嫌でも現実と向き合わなくては行かず、僕は目を覚ますのを躊躇したがこのままでもいられない。
勇気を持ってエイ!と目を見開いた。

眩しい。

目を開くと強く白い光が眼を焼き、僕は光から目を護るために眇めた。
どこだろうここは。
強い光に徐々に慣れてくると漸く周りが見えてくる。真っ白い壁と真っ白い鉄の柵。僕の身体の上には真っ白い布がかけられていた。
ここを僕は知っている。
病院だ。
僕があの猫耳世界に行くまで暮らしていた世界の病院だ。
「っ!!!」
驚きで叫び声を上げたはずが、なんと声さえ身体と同じで僕の自由にならないらしい。
マジか!どうしたらいいんだ。
心の動揺はMAXに達する。訳が分らない。こんな短期間でこんなに早く訳のわからない事が起こって良いのかと僕は抱えられない頭を抱えてしまう。
間違い無いここは病院だ。
鼻を嗅ぐと微かに感じる消毒の香り。
耳を澄ますと規則的に聞こえる電子音はきっと僕の身体の状態を見る医療機器の音だ。
どんどんと今僕の身に起こっている事は現実なのだと突き付けられる。
でも、もしかしたらこれは僕が知らないだけでネイギャッツの最先端病院じゃないか?
そんな希望を僅かながらに持ってきょろきょろとその痕跡を探し始めた。
すると僕の目の前のカーテンが揺れたかと思うと一人の看護師が現れた。
真っ白い白衣のスカートを着ている看護師は僕を見るなり驚いた様に目を見開き駆け寄ってくる。
「駒ヶ根さん!駒ヶ根さん目が覚めたんですか?!」
彼女は僕の顔を覗きこみ、慌てたように手首で脈をとると身体を揺すった。
「……」
はいと口を開けて出ない声を絞り上げると、看護師は歓喜の声を上げた。
「大変!早く先生を!!ご家族をお呼びしないと!!!」
僕の枕元にあるナースコールを彼女が押す。
まるで映画の様に僕を外して現実が動き出した。
ナースコールを押すと直ぐにバタバタと色々な人が集まり僕を覗きこむ。
驚いた事に僕を放置していた母親がスッカリやつれた顔をして現れ、涙を流し顔をぐしゃぐしゃにしながら名前を呼んで抱きついて来た。
華奢な母の手が僕を抱きしめ、医師が僕の体を診察し俄かに騒ぎになったが、僕はそれをまるで人ごとのようにしか感じられなかった。
自由にならない身体や声のせいだけじゃない。
心がぐちゃぐちゃで、高速スピードの様な物事の展開に脳の処理能力がオーバーしている感じだ。
何もかもが他人事に感じて、
なんだこの世界は……。
僕は……、僕は元の世界へと戻って来てしまったんだ。

ルルさんどうしよう。
離ればなれになっちゃったよ。

瞳からポロリと一筋涙が零れた。