猫とダンス4
ルルは言葉通り、夕方前に帰ってきた。
鷹由紀はいろんな物事があり過ぎてすっかり疲れ切っていたのか、ルルが用意してくれた焼き菓子を食べながら眠ってしまった様で、帰って来たルルに肩を揺さぶられ起きると、頬に焼き菓子がひっついていて恥ずかしい思いをしてしまった。
「ああ!!スミマセン、僕すっかり眠ってしまって……、おかえりなさいルルさん」
その言葉にルルは少しだけ笑った。
「只今帰りました、約束通り夕方までに帰れて良かった、今日は偶々市場が出ていたので貴方の生活用品を色々揃えて来たんです」
「え?!あ、……すみません」
ルルに必要ないお金まで使わせてしまっている。
鷹由紀は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(しかも俺、焼き菓子だらけだし……)
「いいえ本当に気にしないで、自分以外の物を買うのは久し振りで楽しかったんですよ、貴方の好みに合えばいいんですけれど…それに貴方には気の毒な話ですが長期滞在を御覚悟された方がいいでしょう、今すぐにどうこうという話にはならないみたいなんで……」
「えっ?それはどういう?」
「取敢えず、これを見てみて下さい」
そう言ってルルが手に持っていた袋から出したのは一冊の本だった。 表紙は日本語・中国語・韓国語で表題が書かれ、どうやら言葉ごとにページが区切られているようだった。表紙には可愛いキャットガールが「おいでませニャン」と書かれている。
脱力するイラストだ。
「異世界ガイドブックゥ??」
「異世界人の言葉で書かれた本です、貴方の外見の特徴を言ったら異世界申請局の方からこの本を渡されました、この世界についての決まり事や現状が書かれている本らしいです、この国に来た異世界人の方々が数年に一度編纂している物らしくて、異世界人の貴方にまずこれを読んで貰えという事でした、よかった読める言葉の本を貰って来て」
鷹由紀は本を捲った。
目を見張った。
中国語・韓国語・まだ鷹由紀の見た事も無い言語も記されていた。と言う事は世界中様々な人々がこの世界に落ちているという事なのだろうか。
そう言えば…言葉だ。
今さら気が付いたが、ルルと鷹由紀は自然に言葉を話している。
多分話している言葉は異なるはずなのに……どういう事なのだろうか。多分その答えがこの本にあるはずだ。
鷹由紀は日本語のページを捲ると冒頭を読みだした。
『この本を手に取ったという事はこの世界に落ちて間もないという事だろう。
まず言っておくが、この世界の耳付き人は皆本物で私達日本人は何らかの原因でこの世界に落ちてきてしまっている様だ。
また、言葉に付いてだが、私達は子の世界に落ちて来たと同時に言葉を母国語として話す能力を賜っている様だ。原因は不明。
だが、言葉で不自由しないという事は便利な事だからそれ以上悩まないのが良いだろう。
現在愕然とし落ち込んでいるとは思うがこの本が貴方の助けになる事を願っている。
また、この世界に落ちて来た人々皆共通の意見だからこそ、この冒頭に書いておきたい事がある。
この世界に落ちて来た者全ての者に共通する見解がある。
それはこの世界に落ちて来た者全ての者が未だ元の世界「地球世界」に戻った者は居ないという事だ。
絶望しないで欲しい』
鷹由紀はその冒頭部分を読んで、あーやっぱりなと言う気持になった。
帰る術がない。
なんとなく分っていた感じがした。
鷹由紀は冒頭部分を読むと本を閉じた。
「もういいのか?」
「……ええ、なんだか疲れちゃって、明日になったらまた読もうと思います」
「そうだな、別に直ぐに外出する訳でもないし、急ぐ必要も無い」
鷹由紀は曖昧に微笑むと立ち上がった。
「あのこれから夕飯作るんですよね、僕何か手伝います」
「いいよ、疲れているだろう」
「ただ座っていると色んな事考えちゃうから……ダメですか?」
「………仕方がないな、今日ぐらいはゆっくりして貰いたいんだが」
ルルは軽いため息を付くと、しぶしぶ頷いた。
「それじゃあ手伝ってもらうか、今日は久し振りに市場に出くわしたから新鮮な葉野菜や日持ちしないが消化に良い柔らかいパンをを買ってきた、葉野菜はスープに入れて晩飯を作るか」
「はい、分かりました」
ルルはそうと決まると行動が早かった。
鷹由紀をキッチン近くの大きなテーブルに呼び寄せると、テーブルの上にジャガイモのに似た根菜と紫色の人参の様な物を出した。
「これの皮を剥いてくれるか?皮をむいたら千切りにして欲しい」
「お安いご用です、僕ずっと自炊でしたから」
「親はどうした?」
「居ましたが、忙しい人達で小さな頃からずっと一人でしたから自然に作れる様になりましたよ」
苦笑いを浮かべて鷹由紀はルルから小さな果物ナイフの様な物を受け取った。
器用に薄く皮を剥いていく鷹由紀にルルは感嘆する。
「上手な物だ、私はずっと一人で食事を作っているが未だに皮むきは苦手だよ」
「ルルさんは手が大きいから、この刃物が小さすぎるのかもしれませんね」
褒められて悪い気はしない。
鷹由紀は根菜の皮を剥くと適当な大きさに切り分け綺麗に素早く千切りにした。
千切りも早いと散々褒められてしまい気恥しくなった鷹由紀は少しぶっきらぼうにはいっと手渡す。
ルルは予め竈に引いていた鉄板にバターの様な物を溶かし、根菜の千切りをボールに入れ粉と卵と混ぜてそれを鉄板で焼いた。ジューと美味しそうな音が鳴る。
ルル次に鉄板の奥にある鍋に干し肉と買ってきたという葉野菜を豪快に手で千切り鍋の中にぶち込む。
暫くすると部屋の中はスープと根菜が焼ける匂いで充満した。
「おいしそうー」
「私が毎日食べている物で申し訳ないが、味は保証するよ」
「匂いだけでも涎が出そうです、今日は色んな事があったからお腹すいちゃった」
「そうだね、早く食事にしよう」
鉄板の隅で買ったばかりのパンを温めると、鷹由紀に横の棚から皿を二枚、スープ皿を二枚、それにカトラリー出す様に言い付けられた。
「食事はここでするんですか?」
「ああ、ここは調理台兼食卓になっているから、ああさっき野菜を置いたからそこらへんにある布でテーブルを拭いてくれないか?」
「はーい」
鷹由紀は食卓の隅に置いてあった布で綺麗に台部分を清めると、棚から出してきた皿をルルの傍に置く。
ルルは鉄板の根菜を何度もひっくり返しこんがりきつね色に焼きあげると皿の上に載せ、床に置いてあった壺からピクルスの様な野菜の漬け物をトッピングした。油で揚げた様に焼かれたそれは外面はカリカリでハッシュポテトの様だ。
見た事のある形状のおかずに鷹由紀のテンションは一気に上がった。
「うわーおいしそー!」
香ばしい香りにお腹がぐぅっと鳴ってしまう。
今にも涎が出そうで何度も生唾を飲み込んだ。
ルルは美味しそうなハッシュポテトまがいの物に、棚から出してきた瓶に入ってきた琥珀色のジャムの様な物を添えると
「メインの出来上がり、鷹由紀持って行ってくれる」
「了解です」
大きめの皿二枚を受け取ると鷹由紀はウキウキしながらセッティングした。
ルルは出来上がったスープと温めたパンを互いの場所に置いた。
「さぁ座って食べよう」
「はい!いただきまーっす」
座るや否や、鷹由紀は勢いよく食事を始めた。
まずはカリカリになっているハッシュドポテトまがいの物を。
ナイフとフォークで大きめに切り分けちょこっとジャムの様な物を付けて食べてみた。
「んまーいい!!」
味もほぼ一緒だった。
カリカリの外見とほくほくの中身。
塩気の強い味に、琥珀色のこれまたリンゴと苺のあいのこみたいな味がするジャムが良い感じに合っている。
「気に行ってくれたみたいだね、安心したよ」
「凄い美味しいです。なんだか僕の食べた事の味に似てて、安心したって言うか……」
「そうかい、それは良かった、違う環境に入って一番応えるのが食事と言う人もいるからね、食事が口に合うという事は心配要因が一つ減ったという事だね」
ルルはゆっくりと上品に食事を始める。
鷹由紀は食事に夢中になりながらもルルの食事の仕方に驚いた。
木こりと言うから結構荒っぽく食事もするのかと思っていたが、まるで洗練された紳士みたいな食事の仕方をする。
(ルルさんって本当に木こりなのかな??)
良く見ると本当に品の良い顔をしているのだ。木こりと言ったら筋肉ムキムキのざっくばらんなイメージを持っている鷹由紀としては、ルルはそのイメージとかけ離れている。
(手、そうだ手を見ればわかる)
鷹由紀はルルの手を見た。仕事をしている人の手だ。
水仕事をやっている所為か手はガサ付いていて、力仕事をしている人独特の節くれだった太い指をしていた。指の筋肉が発達している証拠だった。
(あれ?って事はやっぱり本当に木こりなんだな、珍しいインテリ木こりって事なのかな??)
図書室なんかで本を読んでいるのが似合いそうな文官タイプのルルを鷹由紀はいつの間にかに凝視してしまっていた様だ。
視線に気が付いたルルが顔を上げると、訝しげな顔をした。
「どうかした?」
「いいえ!なんでもないです」
いけないいけない。
つい、じっと見てしまった。
鷹由紀は慌てて返事をすると誤魔化すかのように暖かいパンに手を伸ばした。
「うんまーい!!」
パンも驚くほど美味くて、その言葉に少し変になった空気も一蹴された。
ルルは鷹由紀の幼いとも取れるその言葉に苦笑いを浮かべ何事も無かったかのように食事は進んで行った。