君を我寵愛せし 6

クレマン公爵はまるで僕を姉の様に、宝物を扱う様に恭しく手を取り優しくエスコートしてくれた。
今日は疲れただろうと言って、僕の部屋まで案内してくれると向かい合う様にテーブルに着く。
僕はどうしてよいのか分からず俯いてしまったけれど、公爵の視線を痛いほどに感じていた。
「良く来て下さったブノワ」
手持無沙汰でどうしてよいのか分からず、テーブルの上で彫刻の様に固まっていた僕の手を公爵はそっと握った。
「あ、あの……宜しくお願い致します。姉の変わりになるかどうかわかりませんが……」
尻すぼみになってしまった僕に公爵は苦笑いして首を振った。
「来てくれるだけで十分です、貴方に此方で苦労はさせません。幸せにします」
痛いほど手を握られ引き寄せられ身体がテーブルの上に乗り上げてしまい僕は慌てて顔を上げた。
「やっと私を見てくれた……」
微笑む公爵の顔のアップ。気付けば身体はすっかりテーブルの上に乗り上げ、お互いの息が掛かる距離まで顔が近付いていた。
「あの……えっと……」
家族以外でこんなに至近距離で顔を合わせる事は初めてで、僕はどうして良いのか分からず視線をあからさまに外した。
公爵はそんな僕を見て笑ったらしく、顔に息が掛かり、頬に暖かいモノが掠った。
「え?」
驚いてキョトンとした僕に公爵はやっと手を離した。
「驚かせた?ご家族と挨拶程度にはしているだろう?」
自らの唇をふれている公爵を見て、何をされたのかわかった。
僕は思わず頬を庇ってしまう。
「驚きまして…、あの……何と言うか驚きました」
「そうか、驚いたか」
動揺した僕に、公爵は切なそうに眼を細める。
だけれど僕にそれを慮る余裕は無かった。そろそろとテーブルから身を起こし椅子に深く座った。少しでも公爵と距離を置かなくてはいけない。何故なら頬のキス等慣れているはずなのに僕の頬が異常な位熱かった。きっと頬が真っ赤になってみっともなくなってしまっているからだ。
こんな僕を公爵に見られるのは恥ずかしかった。
「あのスミマセン、慣れていない訳ではないのですが、突然で」
「いいや、いいのだ。ブノワは今まで宝石の様に伯爵家にて大切にされてきた。私の突然の行動に驚いたのだろう」
言い訳がましい僕の言葉に公爵は特に突っ込む事は無かった。
大人な方なのだ。
僕は公爵の懐の深さを感じながら頷く。
「悪かった、怖がらせてしまった様だね、だがこれからブノワは私の妻となるのだから慣れて貰わなくてはいけない。わかるかい?」
「は、はい」
そうなのだ。
彼はもう僕の夫なのだから、こういった事も普通に今後はあるのだろう。自分の両親を思い返しても、仲睦まじくそっとキスを交わす姿を何度も見て来た。
両親の様な夫婦になれたら素晴らしいと思う。
公爵とその様な関係になれるだろうか。
姉の身代わりだが少しでもそれに近づけたらと思う。
願う様に公爵を見つめてみると、公爵は優しく僕を見つめていた。
「まだ互いに何も知らない状態だ。私は君を大切にしたいと思っているが、仕事で部屋を開ける事も多かろう。それでも君は許してくれるかい?」
「はい、勿論です」
父も仕事で家を空ける事が多かったが、その事について母が何かを言ったりした事は見た事が無かった。
仕事の世界に口は出さない。
「理解してくれるようで助かる、なるべく屋敷に居る時は君と共に過ごそうと思っている、人と一緒に居る事に苦痛を感じる方かい?」
「いいえ、自宅では常に姉と一緒に居たので多分大丈夫かと……」
「そうか、安心した。今日は荷物の搬入や部屋の事等で侍女たちと話し合う事も多かろう、今日は私は遠慮するよ、ブノワもきっと慣れない家で疲れていると思うからゆっくりしなさい」
以外だった。
今日からベッドを共にすると思っていた僕は一瞬ぽかんと口を開けてしまうと公爵は苦笑いを浮かべた。
「もう私もそんなに若くない、家に来たばかりの花嫁を襲う様な配慮の無い事はしないよ、ブノワも心の整理がまだ出来ていないだろう。部屋も片付けて一通り心も整理が出来たら私の部屋に来て欲しい」
そう言って渡された銀色の鍵。
「これは?」
「私の部屋の鍵だ。部屋はブノワの部屋の真正面になる。落ち着いたら一度部屋を身に来るが良い。何も面白いモノは無いが新しい家の探検場所の一つとしては楽しめるかもしれないからね」
「ありがとうございます」
公爵の配慮に感謝しつつ、その鍵を受け取った。
「大切にします」
「そうしてくれると有難い。私の予定は全て執事に知らせてあるので、何かあれば言うが良い。屋敷の事は今ブノワが連れて来た侍女に執事がレクチャーしている最中だから後で聞くと良いよ。分らない事があったら勿論執事に聞いても良いし、私に聞いても良い」
「はいっ」
「良い返事だ」
大きく満足そうに公爵が頷くと、お茶のワゴンを引いた侍女が部屋に入って来た。
「それでは一服したらブノワの新しい部屋を見に行こう」
「はい、新しいお部屋がどんなものなのか楽しみです」
意外と良い人なのかもしれない。
姉を大切にしようと思っていた人だから、やはり間違いはないのだと思う。
僕はこれから幸せになれそうな予感と、ほんの少しの姉への罪悪感を感じながら暖かなお茶が注がれるのを見ていた。