君を我寵愛せし 5

僕とクレマン公爵との婚姻の話しはあっと言う間に国中に伝わった。
有力貴族同士、しかも亡き結婚相手に瓜二つの両性が相手となると、話題に事欠かないらしく、かなりの話題になった様だった。
僕はと言えば、婚姻が決まると慌しく時は過ぎた。
姉の喪が明けると直ぐに王城の礼拝堂で挙式は父上の兄である国王立会いの下ひっそりと行われた。憔悴しきった両親や兄だったが、当日はそれがどこ吹く風かと云った風体で全く不幸があったと感じさせない堂々としたものだった。ただ、母の腕に嵌められたブレスレットのミニアチュールに姉の肖像画が描かれ、父と兄の飾り衿は姉のドレスから作られていた物で、亡くなった姉を忘れている訳ではないと主張していた。母に送られた僕のブレスレットにもロケットになっており、中には姉の肖像画が書かれていた。
婚姻成立と共に僕は今の家から公爵家へ引っ越すこととなる。住まいや家具はアチラが用意するモノを使用するが、衣類や宝飾品は此方で用意するのが決まり。母は婚姻が決まると国中のマエストロ達を集めて僕の支度を誰からも恥ずかしくない様にと用意した。
急ごしらえとは言え、父上は現王の弟。
みっともない事は出来ないと、母は半ばマエストロ達を脅す様に品物を大至急誂えさせていた。
挙式を上げ、一度家に帰ると、8頭立ての立派な馬車が待っていた。
「随分立派なモノを寄越したものだ」
共に帰って来た父が馬車を見ると苦笑いをした。
王族なら12頭、公爵、家臣に下った元王族は8頭立て、公爵以下は6頭立て平民は積載荷物が多くない限り4頭立てと決まっている。
装飾も細かく決まっており、金色を使用出来るのは王族等細かい規定があったが、公爵家が寄越した馬車は規定に沿っては居るモノの、少しやり過ぎな感じもする華美な彫刻達が馬車を飾り、馬車に従事している使者達の衣装もさながら舞踏会に出る貴族の様に豪華で美しかった。
僕は式典服から今日の為に用意された公爵の瞳の色と同じロイヤルブルーの服に袖を通し、駆け足で馬車に乗り込む。意外とやらなければいけない事が目白押しで実家でゆっくりしている暇などなかった。
後ろ髪引かれなんとか実家でゆっくりと、と思った僕を母は急きたてあっと言う間に馬車に押し込められてしまったのだ。少しの寂しさと心細さを感じながら馬車へ乗り込むと、思いもしなかった人物達が僕を迎えてくれた。
「嘘……」
「ブノワ様御供させて頂きます」
馬車の中で共に声を合わせ、綺麗にお辞儀をした二人の侍従。
僕のそば仕えとして母が実家から連れて来たゾエという古参女官侍従と、僕と姉の面倒をずっと見てくれていた姉の様な存在のアメリだった。
「なんで??」
「御方様が、ブノワ様と共に行けと」
「いいの?」
アメリはともかく、ゾエは母が実家から連れて来た人だ。
そんな人を家から話してしまって良いのだろうか。
「何をおっしゃいますやら、私がブノワ様について行かずして誰が共に行きましょうや」
自信に満ちたゾエの微笑みとアメリの優しい微笑みにグッと僕の緊張がほぐれる。
二人が居てくれるのなら、慣れない公爵邸でも寂しくない。
「よかった、僕一人で行くのだと思っていた」
ドッと安心の為か大きな息を吐き出し、椅子にだらしなくかけてしまった。何時もなら行儀が悪いと怒られるところだが、今日は特別の様でゾエからの鋭い指摘は無く、本当に今日が特別の日なのだなとこんな所で感じてしまう。
馬車は既に走り出し、窓の外には心配そうな両親と兄の顔、僕は慌てて窓を開け身を乗り出した。
「父上、母上!!兄上!!」
今生の別れではないが、急に身体の奥底から涙が上がって来た。
手を大きく降ると、父は大きく頷き。母は涙をぬぐっているようだった。強い風がまるで僕をこの屋敷から追い出す様な気がしてならず、胸が詰まった。
「ブノワ様落ち着けば御実家に遊びに来る事も出来ます」
危ないからと僕は直ぐに馬車の中に引き戻されたが、暫く涙を止める事が出来なかった。
馬車は僕の思い等知らないと言わんばかりに公爵邸へと向かい走る。母から送られたブレスレットをぎゅっと握り、早くこの涙よ止まれと何度も言い聞かせた。

馬車は立派な白い門扉を潜り抜け公爵邸へと入っていった。
屋敷の前ではクレマン公爵が家令達を従え僕を待っているのが見えた。
「いよいよで御座いますね」
ゾエの声に僕は無言で頷いた。
遠くから見ると心なしか公爵も緊張している様に見え、僕はいくらか安心してしまった。
不安なのは公爵も一緒なのだ。
この人なら旨くやっていけるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら僕はこの屋敷で今日から暮らす事になったのだった。