猫とダンス2 1

と言う訳で、ルルさんの家に戻ってきました。
初めて体験ばかりで、グッタグダの僕は色々な事が重なり過ぎて発熱した為ルルさんに抱えられるように懐かしい丸太小屋に帰宅。
懐かしさを味わう暇も無くベッドに強制連行されて、今はルルさんの絶対監視の中、安静を命令されました。
「うわっ…それ飲むの?」
ルルさんが家に帰って僕の為にと作ったのは化膿止めの薬草が入っていると言う苦いお茶。
「いいから、黙って飲みなさい」
「……はい」
あまりにも真剣な顔に負けて恐る恐るそれを口にしたけれど絶叫しそうな程不味くて苦い。
飲んだ後にルルさんは急いで僕へ新たなコップを手渡してくれる。
星屑が入ったお湯だ。
それをごくごくと飲み干したけれど、まだ口の中の嵐は去らなくてすかさず近くにあった布で舌を拭いた。
「無理、もう絶対にそれ無理っ!!」
涙目で訴えた僕を見て慈愛に満ちた頬笑みでルルさんは慰めてくれる。
「ゴメンね、鷹由紀…でも後二回飲んで貰うからね」
うわ、ウソでしょ…と思わず耳を疑った。
「え?」
「身体酷くなったら大変だから、ちゃんと飲もうね」
有無をも言わさぬその言い方に思わずコクリと頷いた。
多分反抗したら口移しとか強硬手段に訴えられる気がしたからだ。
あの草原で「甘やかす」と宣言してくれたのに、これじゃあ全く話しが違うと思ったけれど、苦いお茶以外はそれこそ至れり尽くせり。
ただ寝返り打つだけなのに介助の手が差し伸べられて、一瞬看病じゃなくて介護されているのかと勘違いしそうになった。
夜眠る時もルルさんはベッドには入らず、ベッドサイドに椅子を引き寄せるとそこに座り小さい灯を付けると、眼鏡を掛けそこで本を読み始めた。
「ルルさん、眼鏡?」
「ああ、これかい、夜本を読む時に偶に掛けるんだ」
恥ずかしそうに笑う。
整ったルルさんの顔に眼鏡はかっこよさを増すアイテムになっていた。
「結構似合ってる」
「ありがとう」
ランプの光が目に入って目を細めてルルさんを見上げると、それに気が付いたのかそっと身体で光を遮った。
「明るくて眠れない?」
「ううん、大丈夫、それより何時寝るの?」
「鷹由紀が寝てからかな」
「ふーん……ねぇ?」
「なに?」
「寝ないつもりでしょ」
「そんなことないよ」
愛想笑いを浮かべるけれど、多分このまま夜を明かすつもりだと思った。
「気になるから、一緒に寝ようよ」
「え?」
「ほら」
上掛けを上げて、ベッドマットをポンと叩いたくが、ルルさんは首を振った。
「まだ本読みたいから、読み終わったら寝るよ」
「そこで?」
「ううん、ベッドで」
「嘘ばっかり」
「ほら、風邪引くからちゃんと入って」
ルルさんの為に開けた上掛けを閉じられてしまう。
「本当に本が読み終わったらベッドで寝て下さいね」
「わかってるよ」
苦笑いして取り合ってくれないルルさんに若干イライラしながらも、何を言ってもダメだと悟った僕は仕方なくそのまま目を閉じた。
明け方。
「…うっ………さむっ」
顔が寒い。
どこだ、ここ、リューザキさんの家でこんなに寒いなんて窓開けっぱなしなのかなと、強烈な寒さに目が覚めた。
「あぁ……そっか」
ルルさんの家に帰って来た事を思い出す。
ぼーとした頭で寝がえりをコロンと打つと、やっぱりというかベッドには僕一人だった。
ベッドサイドの椅子には本を足に置き眼鏡を掛けたまま寝ているルルさんが居る。
「やっぱり……」
すっかり熟睡しているルルさんは僕が起きた事も気が付かない程だ。
僕はそっと起こさない様に起き出し、まずはルルさんの足に置いてある本をそっと抜き出した。
このまま身体を引っ張って一緒に寝よう。
読んでいた所に取敢えずシオリを噛ませようとパラパラと捲る。
「うん?」
読むつもりは無かったけれど、思わずその内容に引きつけられた。
見た事も無い文字。
この国の言葉でもなく、僕達世界の文字でもない。
何を書いているか分らないけれど、イラストも一切無いそれは、多分難しい事が書かれていると想像が出来た。
「やっぱり頭良いんだよね…」
シオリを見つけた僕は早々に読んでいた場所にそれを噛ませると本を閉じ、枕の下に取敢えず置いた。
そして、ベッドへルルさんの手を引っ張ると流石に目が覚めた様だった。
「な、なに……」
目をパチパチさせて状況確認するルルさんの指は氷の様に冷たかった。暖炉はほの赤く灯っているけれどここまでその暖かさはやってこないのだ。
「少しでいいからベッドで寝て下さい」
「えっ…あっ大丈夫」
「ダメ、今朝は僕の言う事を聞いて下さい、それに朝は夜より冷えます、一緒に寝れば温かいでしょ」
「……誘ってる?」
「そう言う事を言ってないで早く入って来て下さい…っ!」
クシャンと大きなくしゃみが出た。
パジャマ一枚では今の部屋の温度は寒過ぎるのだ。すると今まで入るのを渋っていたルルはあっと言う間に僕を抱きしめながらベッドにやって来た。
「風邪引く」
「ルルさんがでしょ」
ひんやりと冷たい服に冷たい指。
どっちが風邪引きそうなんだよってもっと突っ込みたかったけれど、やっとベッドに入って来てくれたので言わないでおこう。
ぎゅっと抱きしめられ、足を絡めると何故かホッとした。
思えばこうやって誰かと共にベッドに入るのも久し振りなのだ。
僕はギュッとルルさんの手を握った。
「ほら、凄く冷たい、ベッドに入った方が温かいでしょ?」
「……」
だんまりなのも可笑しい。
「もう少し寝ていてもいいんでしょ」
「ああ」
徐々に温かくなる指先と身体。
ルルさんの呼吸が深くなりあっと言う間に寝てしまったのが分った。
やっぱり寒くて窮屈だったんだなと思うと笑ってしまいそうになる。
握っていた手をそっと外して僕はベッドから抜け出すと、暖炉に向かった。部屋がすっかり冷え切っているので薪をくべて、お湯を沸かす。
火に掛けたポットがシュンシュンと蒸気の音が鳴る頃になると、すっかり日も上がって温かい日差しが差し込んで来た。
「ポカポカだなー」
暖炉の火と日差しで程々に温かくなった室内でのんびりとお茶を飲んでいると、庭先に数頭の馬の足音とガタガタと乗り物っぽい物が止まった音がした。
「なんだ?」
こんな所に、こんな朝早く。
訝しげに思い、そっと窓から外を見てみる。
すると庭先には四頭立ての馬車が止まり、騎士っぽい人がそのままりを囲むように守っており、。馬車からは貴族っぽい初老の男の人が降りている最中だった。
僕はベッドに駆け寄ると眠っているルルさんを揺すり起こす。来客なら事だからだ。
「ルルさん!ルルさん?!」
「……ん……あれ?何時の間に鷹由紀起きたの?」
寝ぼけまなこのルルに僕はしっかりしてと軽く両頬をパチンと挟むと早口で、
「そんな事はどうでもいいんです、なんだか今外に貴族みたいなお客がいらしてて、この家に向かっているんですけれど」
「貴族??」
訝しげな目をしたルルさんはすぐさま起き上がると、窓の外を覗くとルルさんは「ああ」と呟いて振り返った。
「大丈夫だよ鷹由紀、知合いだよ」
「知合い?」
「そう、こんなに朝早く来るのは初めてだけれど……一体何があったんだろう?」
緊張感なく、ベッドで寝て皺皺になった服のままルルさんは扉を開けた。
「あー、いらっしゃい」
「ルル様、申し訳御座いません朝早く」
外から聞こえるのは多分先程見た初老の男の人の声なんだろう。ルルさんは貴族っぽい人相手に格式ばる事も無く気さくに声を掛けて部屋に招き入れる。
「一緒にいらした方もどうぞ室内へ」
声を掛けられ最初は断っていたが、騎士っぽい人達も貴族っぽい人について二人だけ室内に入ってくる。
僕と目があった貴族っぽい人がニコリと微笑んだので僕も慌てて愛想笑いを浮かべる。
「取敢えずそのテーブルに適当に座って下さい、今お茶でも用意するんで」
「ああ、ルル殿結構ですよ、そんな事は我々が…」
「いいから、気にしなくて、あ、鷹由紀お湯沸かしてくれてたんだね、ありがとう」
「えっ……あ、うん」
なんだこの空気は。
茫然と僕はその光景を茫然と見ていた。
貴族の男の人はルルさんに終始丁寧だし、騎士っぽい人もなんだかルルさんを尊敬のまなざしって言うの?そう言う視線で見つめている。
木こりってこの世界では憧れの職業なのか?それとも木こりだけれどルルさんは特別なのか?
考えれば考えるほど分らなかった。
僕は取敢えず邪魔にならぬ様に、隅っこに移動して事のなりを見守る事にした。
ルルさんは皆の分のお茶を入れて、お茶受けにドライフルーツを出すとドカリと椅子に座った。
「で、今日は何事?」
「国王様よりルル様へ御衣裳を託されまして本日それをお持ちしました」
「衣装?別に着るモノに困ったりはしていないけれど」
「来月行われる舞踏会用の御衣裳に御座います」
ぶ、舞踏会だって!!
思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまう。
ルルさんって一体何者なの?!