猫とダンス2 2


「ちょっ、鷹由紀大丈夫かい?!」
「だ、大丈夫……」
ルルさんが汚れてしまった口元を慌てて拭きにやって来た。
布で優しく拭ってくれるルルに鷹由紀は恥ずかしさを感じながらも客から死角になった事を良い事に、ルルそっと耳打ちする。
「ねぇ、ルルさんどう言う知合い?」
「え?」
小さすぎて聞こえなかったのだろう。
大きな声で応えるものだから、客が何事かとそわそわするのが分った。
これでは折角隠れて聞いているのに意味が無い。だが好奇心を抑える事が出来ずルルの耳に手を添えて再度尋ねてみた。
「だから、ルルさんとあの人達ってどんな関係って聞いてるの!!」
「……もしかして鷹由紀、僕の事凄い人だと思い始めてる?」
神妙な顔で頷く鷹由紀にルルは思わず噴き出した。
「全然違うよ、彼らは私達の様な辺境に住む木こりや猟師達を年に数度見回って居る人達でね、僕達は辺境の地を見回り守っている様なモノだからとお城に慰労として招待してくれたりもするんだ」
「辺境警備兵って事?」
「うーん、辺境警備兵はちゃんと他に居るんだ、どちらかというと僕らは墓守みたいな感じかな?ここら辺は死人が出るから、旅人の人がこの辺りで夜を迎えたら大変だろう。だからそんな時に助けて上げたりするのが僕達の役割の一つなんだよ」
なるほどと鷹由紀は頷いた。
墓守とは少し気味が悪い感じがするが、ルルが言った事を考えると、すんなり頭に入って来た。
ボランティアで国民を守る仕事をしているからこそ、その対価にちょっとだけ素敵な特典が城でのパーティーだったり、国のエライ人が定期的に見回って木こりや猟師達をサポートしてくれると言う事だろう。
巧く回るシステムだと鷹由紀は感心していると、先程までテーブルに付いていた初老の男性がいつの間にか鷹由紀達の目の前に立っていた。
「ご納得いただけましたかサンケ殿、突然話しかけるのをお許し下さい、私の名はマーレン、ルル殿の家を定期的にお茶に伺っている道楽男ですよ」
「はぁ……」
ニコニコ笑っている男はけして道楽男には見えない。
凛とした雰囲気を纏い、騎士を連れ立った姿はどちらかというとキレ者で頼りになりそうな感じだった。
だが容姿とは裏腹に彼はまるで好々爺の様に眦を下げ鷹由紀を見つめると何度も頷き、
「これは本当に可愛らしいサンケ様ですね、最近また現れたと聞きましたが此方でお会い出来るとは…」
「ああ、マーレン殿にはまだ紹介しておりませんでしたね」
直ぐ近くにやって来ていたマーレンにルルは鷹由紀の腰を支えてそのまま立ち上がった。
「先日から私と一緒に住んでいる鷹由紀。リューザキ様と同じ世界出身のサンケだ、これからずっと共に暮らすと誓い合ったのでこれからマーレン殿もよく会う事になるかと思います、宜しく」
突然の伴侶得ました発言に鷹由紀は目が飛び出るのではないかと思う位驚いた。
恥ずかしさで一気に頬が赤くなり、オドオドしてしまう。
同性で結婚はあるとは分ってはいるが、改めて知らない人へこうやって紹介されてしまうと、やはり反応が気になり隠れたい気持ちでいっぱいになった。
だが、マーレンは取分け驚く事は無かった。
それどころか普通だ。
パッと表情を明るくして「目出度い!」と興奮気味に声を上げると続けた。
「左様ですか……なるほど、仲睦まじいご様子からもしやとは思いましたが、おめでとうございます」
男性同士の結婚宣言だと言うのにマーレンは特に驚く事もなく、すぐさま祝辞を述べた。
「お、どろかないんですか?」
そのあまりの普通さに思わず鷹由紀が尋ねる。
「いかように驚くと?」
「あ、あの結婚とか同性で…」
「驚くも何も、この世界では同性での結婚は古くから行われている事、別に驚く事も御座いません」
「そ、そうなんですよね…」
あははと乾いた笑い声を上げると、どっと力が抜けた。
良かった普通の事なんだと、ルルやリューザキ以外の知らない人から聞いてやっと本当に心と体が現状について受け入れられたと言う感じだった。
力の抜けた鷹由紀の身体をルルはしっかりと支え心配そうに見つめていた。やはり心を繋げたと感じていてもルルも不安なのだ。
大丈夫だと視線で訴えるとルルはホッとしたのか鷹由紀だけに微笑みかけた。
「本当に仲がおよろしい事で、羨ましい…」
その二人の様子を見ていたマーレンは二人の仲睦まじさに頷いた。その言葉につられる様にマーレンの背後を守る様に立っていた騎士らしき人達も二人に視線を向けている。
サンケは希少種であるが故、国民の憧れの存在であり常に羨望の眼差しを注がれている。サンケの中にはアイドルの様な扱いを受けている者や、国によっては敬われている者さえいるのだ。
幼い頃の絵本には将来美しいサンケ様と結婚しました、で終わる本が広く読み継がれ、誰しも皆一度は
サンケを伴侶に迎えたい、サンケの御嫁さんになりたいと願うものだった。
大抵の人間は大人になればサンケが如何に希少種かが分り、そのサンケと伴侶になる事等天の星を掴むほど難しいと分り諦めるものだが、稀にルルの様に伴侶になる者が現れる。
幼い頃の夢を現実にした男が目の前いに居る。
年若い騎士風の男達等はサンケの伴侶になったと分った途端、ルルに憧れと嫉妬の混じった複雑な視線を一瞬向けていた事にマーレンは気が付き苦笑いを浮かべていた。
「流石はルル殿辺境の木こりだ、…貴方の様な方にこそサンケ様が相応しいのかもしれませんね…貴方ならどんな盗賊や人さらいが来てもサンケ様をお守りして下さるでしょうから」
「ええ、勿論です、ですがこの死人が現れる平原でそんな不法行為を犯す輩がいるとは思えませんが」
「確かに…」
マーレンとルルはお互い笑い合った。
この平原の地下や周辺の森には死人が眠っていると言われている。
死人は争いを嫌い、諍いを憎むと言われ、自分達の住居近くで争いや諍いを起こすと呪いに出ると言い伝えがあり、実際にこの平原で旅人相手に盗みを働いた盗賊も、死人に付きまとわれ精神を病んだ。
マーレンはワザとそれルルに言わせ、小さな災厄になりそうな騎士達の嫉妬の炎を消す事に成功していた。ルルもそれが分っているのか苦笑い交じりだ。
「立ち話もなんです、またお茶でも如何ですか?」
話を変えようとルルが切りだすとマーレンは首を振った。
「我らはそろそろお暇しましょうか…衣装も届けましたし他に伺わなくてはならない所もありますゆえ」
「そうですか…残念です」
「いいえ、また機会がありましたら今度は仕事抜きでお伺いしますよ…」
「ええ、それではまたお出で下さい」
ルルとマーレンが互いに握手を交わすと、騎士達がまずは出て行き、次にマーレンが早々に部屋を出て行こうとした。
が、扉から出て行く寸前くるりと振り向くと
「ルル殿とサンケ殿、城でいらっしゃるのをお待ちしておりますよ」
突然自分の名前が出た事に思わず声を上げる。
「え?!僕もですか?」
「勿論ですとも、ルル殿がサンケ殿を置いて一人で城へやってくるとは思えません、伴侶を得たと先に知っていたのならサンケ殿の分のお衣装もご用意出来たのですが…」
チラリとマーレンはルルを見ると
「きっとルル殿がご用意したいはずでしょう、不幸中の幸いという事でしょうね、それでは城でお待ちしておりますよ、是非晴れ姿をご披露くださいませ」
中腰の優雅な礼を取ったマレーンはまるで舞台俳優の様に優雅に部屋を去って行った。