猫とダンス2 10

真っ暗な中、ランタンの光を持ったルルが廃屋と化した廻廊を迷う様子もなく歩いていた。
光は鷹由紀の足跡を辿っているようだ。時折確かめる様に周囲にランタンの光を向け、足跡を見失わぬ様にしていた。
そして真っ直ぐにルルは鷹由紀が向かったあの部屋へと向かって行く。
「ここに来たのか……」
ぽつりと呟いた声は周囲に響き渡り、ルルは戸惑いもなくその扉を開け放ち中へと吸い込まれていった。


その様子を離れた場所でまるで鼠の様に身を縮めて見ていた人物が居た。
パジャマの上に外套を羽織った鷹由紀だった。
鷹由紀はルルが部屋を出ると同時に目を覚まし、そのまま後を付けて来たのだ。
ルルが部屋に吸い込まれる様に消えていくと、ゆっくりと足跡を立てぬようにその部屋の中身を覗きこんだ。
部屋の中にはルルが居た。
ランタンを手に持ち、真っ直ぐに部屋の中央に設えられている水盆の前へと立つと何やら言葉を紡ぎ始めていた。
何をしているのだろうかと鷹由紀がもっとハッキリ姿が見たいと身を乗り出すと、不思議な現象が起こり始めた。
水盆付近から、あの白い人が浮かび上がったかと思うと、ルルと重なり合いまるで溶け合うかのように二人の姿が滲み、ルルの美しい黒髪が月光に照らされ輝く銀髪へと変わっていた。
「マジ…か?!」
なんとか大声を抑えたが、口から漏れ出る言葉を抑える事が出来なかった。天井の高い部屋ではその小声でさえ響く。
「鷹由紀?!」
ルルがその声に扉に隠れながら様子をうかがっていた鷹由紀を見つけてしまう。視線がかち合い、途端に鷹由紀の身の毛は弥立ち、顔は引き攣った。
「な、なんで……ここに……」
困惑しているルルの顔に鷹由紀は応える事が出来なかった。ただひとつだけ分る事は「見てはいけないモノを見てしまった」ことだった。
日ごろ意識していない耳がピンと立ち、異常に周囲の音が聞こえてくる。
「あ、あの……ごめんなさいっ!!ぼ、僕…あの……っ」
何をしたいのか自分でも理解不能。
手をバタバタと動かし、必死に言い訳を言おうとするが、なんら効果的な言葉が出て来なかった。
ただジッと見つめられるその視線が痛くて、鷹由紀は気が付くと黍を返しその場から逃げだす様に走り出した。
「鷹由紀待って!!!」
ルルのその悲鳴の様な声が鷹由紀に届く事は無かった。


「もうわけわかんないよ!!!」
ヒステリー気味の声を上げて、鷹由紀は訳も分からないまま先程の場所から逃れたい一心で必死に走っていた。
ルルはやはりただ者ではない。
しかも心霊的な現象が元々得意では無い鷹由紀にとって、先程見たモノは恐怖以外何ものでもなかった。
未知の現象が怖い
そして、それに関わっているだろうルルが怖い。
兎に角今はルルから、そして先程の部屋から少しでも遠くに逃れたかった。
真っ暗中、鷹由紀は周囲の音を注意深く耳で探りながら必死に走った。昼は怖くて仕方が無かった古くて壊れている廃墟も、今はルルから逃れる隠れ蓑になっているように感じていた。
めちゃくちゃに走った所為か既に帰り道が分らない。昼になれば日の光で帰り道が分るはずだと自分に言い聞かせて鷹由紀は無数の扉を開け、廻廊を走り、瓦礫に躓きながらも前に出る足を止めようとはしなかった。
そうやってどの位走っただろうか、やがて奥まった場所へと辿り着いた。
激しく胸を上下させながらも耳を立てて周囲の音を探る。すると最初は感じていたルルの気配が今は無い。それで安心せず、猫耳に両手をあてて何度も何度も周囲の様子を伺い、ルルの気配が無い事をしっかり確認すると、鷹由紀は壁に背を預け、そのまま床に崩れ落ちた。
「良かった……」
何が良かったのか分からないはずなのに、そんな言葉が口から出ると、途端に鷹由紀の手首を掴み、崩れ落ちたはずの身体が引き上げられ、抱きとめられた。
「何が良かったの?」
「ルル……さん?」
ルルだった。
息も荒く座っている鷹由紀を睨みつけている姿はまるで鬼の姿の様だった。
「なんで逃げたの?」
「なんでって……」
鷹由紀は身体を捻り暴れルルの手が緩んだすきを狙って逃げ出し、目の前にあった部屋の中へと逃げ込んだ。
「待ちなさい!!!」
「待てません」
素早く部屋の中に身体を滑り込ませると、扉を閉め鍵を掛けた。
幸いにもこの部屋の扉は劣化が進んでいない様で、頑丈のままのようだ。鍵も生きていた。
閉じた扉にルルが体当たりをする。
鷹由紀は訳も分からず怖くて、必死に鍵を閉めたにも関わらず扉を抑えた。