猫とダンス2 11

どの位抑えていただろうか、次第に体当たりの衝撃は無くなった。
「どうしても開けないつもり」
ルルの声にも答えず鷹由紀はただ、その扉を閉めたままでいた。そうしていると次第に扉の前から気配が去り、ルルが扉付近から居なくなったのが分った。
鷹由紀は急いで部屋の中にある動きそうなものを探した。
暗闇の中天井から光が差している、明かり取りから月光が差しこんでいるのだ。鷹由紀は僅かな光源から椅子やテーブルを見つけてそれを扉の上に山の様に重ねる。
これならルルでも簡単には開かないはずだ。
鷹由紀は部屋を更に探った。丁度チェストの様な物を見つけ、それを移動させ完全に扉を塞ぎ、やっと安心した。
取敢えずこれで、朝が来るのを待とう……。
それからどうするかなど考えられなかった。
今は今の状況を切りぬく事を考えるのが今の鷹由紀にとっては精一杯だ。
部屋を見回すと、どうやら貴人の寝室の様だった。
窓際には大きめのベッドが鎮座している。
近寄ると、大きな布が掛けられている。それをそっと剥がしてみると、古ぼけてはいるが埃を被っていない眠れる状態のベッドが現れた。
そっと顔を寄せてみるとカビ臭い感は否めないが、今は贅沢を言っている場合では無い。埃を極力立てぬように取った布を折り畳むと、床に置いた。
その床にふと目に入るモノがあった。
「なに??」
金色に光る物体。そっと手に持ってみると掌に収まる程のそれは現代で言うライターの様な代物だった。
真っ二つにパキリとわれるそれは中に摩擦で発火しやすい発火石が組み込まれているモノだ。鷹由紀はそれを持ってきょろきょろしてみると、壁際に蝋燭立が有る事に気がついた。
灯が恋しかった。
蝋燭立を見てみると、使えるかどうか分らないが埃を被った蝋燭が付いていた。
いちかばちか石で火を起こし、蝋燭に近づけてみると、ぱっと火がついた。
「すげぇ、着いたよ……」
少し吃驚した顔の鷹由紀が暗闇の中で浮かんだ。
光が部屋に灯ると部屋の様子もおのずと見えてくる。部屋は今までの荒廃したモノではなかった。全てが綺麗に整えられ、ありとあらゆる家具は全て布で覆われていたのだ。
「まるで引っ越ししたみたいだ……」
不思議だった。
建物の殆どが荒らされ、一番最初に見た広間では血液が付いたと思われる引き裂かれた肖像画があったはずなのに、この部屋はそんな場所とは無縁の様に思えた。
部屋の壁は絵画で埋め尽くされている。
一つ一つ見事なモノで、風景画や見事な静止画が至る所に掲げられていた。その中の一つに鷹由紀は目を奪われる。
「これは……?」
鷹由紀が目にしたのは一対の肖像画だった。
「なにこれ仕込みかよ?」
乾いた笑い声が上がった。
肖像画に描かれていたのは昼に見た白い男性と鷹由紀に似た少年だった。幸せそうに笑い合う二人は互いに手を取り合い特別な関係だったと伺い知れる。
鷹由紀の背筋に寒気が走った。
「うわーなにこれ、こーゆーの苦手なんだけれど」
自分とそっくりだなんて縁起が悪く君が気味が悪かった。長年の読書好きで培ってしまった想像力によって頭の中では口では言い難い映像が流れ、とうとうその想像だけで鷹由紀の心はパツパツになり
頭を抱えしゃがみこんでしまった。
「ダメだ…耐えられない、こんな展開」
誰か助けてくれと声を上げようとした時にバリンと大きな破壊音と共に、砕け落ちたモノが床に落ちて来た。
何事かと顔を上げると、鷹由紀は驚きの面持ちで見つめた。
「ルルさん……っ」
硝子の破片が月光で光る。その光を浴びながら立ち上がったのはルルだった。
なんとルルが天窓をどこからか見つけ、窓を破ってこの部屋に入って来たのだ。
「マジで??」
呆ける暇などなかった。慌てて扉へと向かったが、扉の前には自分で積み上げた家具達によって塞がれてしまっている。逃げ場は無い。
鷹由紀は唯一縋るモノの様にして蝋燭立を胸に抱えると、咄嗟に大声を出した。
「ごめんなさいっ!!!」
何に対してなのか分らないが叫び続ける鷹由紀にルルはゆっくりと近づいてくる。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!!僕が悪いです!!!」
何が悪いのかさえ今では分っていない。
まるでお化け屋敷で怯えた女の子が叫ぶのと全く同じ状況だ。目を閉じて精一杯その場しのぎに謝る鷹由紀は怯えきっていて、何を言われても何をされても気を失わんばかりの勢いだった。
そんな鷹由紀の身体をルルは抱きしめた。
まるで宝物を扱う様に、逃げ出し拒絶した鷹由紀を怒るどころか愛しげに抱きしめ続ける。
「心配した……」
「へっ?」
蝋燭は知らない内に消え鷹由紀は呆けた顔でルルを見上げた。