猫とダンス2 3

「嵐の様な人だね……」
アッと言う間に去って行ってしまった一団を唖然と見送った。
ルルはこんな事は慣れっこの様で、別段気にすることなく笑顔で彼らを見送りティーセットを鼻歌交じりに手早く片付けている。
「そうだね、彼らも他の人の所へも行かなければならないから忙しいんだ」
「なるほど」
「あーやって特定の時期になるとマーレンは辺境の地を周らなければならないから大変だよ」
はい、と鷹由紀に温めなおしたお茶のカップを手渡し、ルルはその鷹由紀の身体を片手で抱き上げ、窓際に置いてある長椅子に座った。
もうこの話は辞めと言う事だろう、鷹由紀もそれ以上話を膨らむ事はせず、隣に座ったルルに身体を預けてゆっくりとお茶を飲んだ。
ポカポカと暖かい日差しが二人を温める。
ルルは鷹由紀に長椅子あったブランケットをさり気無く肩に掛けてやると、自分は眼鏡を掛けて読みかけだった本を読み始めた。
ホッとした表情を浮かべた鷹由紀はふとルルを見上げた。
「今日仕事は?」
「後で行くよ、今日は見回りだけ」
「見回り?」
「そう」
「それって何するの?」
「うーん、見回りは見回り、小さな沢にゴミが溜まっていたら掃除したり、次に切ろうと思っている木はどんな様子とか」
「ふーん」
気の無い返事をしながらもじっとルルを見つめる鷹由紀に、一旦本を読むのを辞めると頭をくしゃりと撫でる。
「なに?行きたいの?」
無言で大きく頷く鷹由紀にルルは苦笑いを浮かべた。
「だーめ」
「えーー!!いいじゃん連れて行ってよ」
「まだちゃんと治ってないでしょ」
「もう大丈夫!!って言うか病み上がりの僕をルルさんは一人ぼっちにするって酷いと思う、だから僕をちゃんと職場にも連れていくべきだよ!」
「何?その無理やりな言い分は子供じゃないのだから、ちゃんとお利口に留守番してて」
「えー!」
「どんなにごねてもダメだよ、今日まではしっかりお休みして下さい」
そう言うともうおしまいとばかりにルルは再度本を読み始めてしまった。
やはりダメだったかと鷹由紀は落胆したが、断られる事は分っていたようだ。直ぐにダダをこねる事は辞めたが気持ちが収まらないのか不貞腐れてそっぽを向いた。
そんな子供っぽい仕草を蕩けそうな目で見たルルは鷹由紀を慰める様に言う。
「取敢えず早めに帰ってくるから、家でじっとしてて、治ったら毎日でも連れて行って上げる」
「本当?」
「ん、本当です」
膨れっ面の顔に音の出る口づけをすると鷹由紀の頭を再度撫でた。

ルルは早く仕事を終わらせると、それから直ぐに話を切り上げると仕事へと向かって行った。
鷹由紀は外に出なければ部屋で自由にしてて良いと許可を貰ったので、取敢えず軽く運動の代わりと部屋の中の掃除を始めた。
適当に箒で部屋を掃いて、空気の入れ替えの為に窓を開けると、少し強い風が吹き付けテーブルの上に置きっぱなしになっていた袋がカサカサと音を出した。マーレンがルルに渡した服が仕舞われずに置きっぱなしのままだったのだ。
鷹由紀は何気なく近づきその袋を手にすると中を覗き見た。
すると美しい深緑色と花の香りがふんわりと広がった。
そっと手を伸ばすと普段着とは違う滑らかな手触り、ルルに黙って見るのは悪いと思いつつも中身を取りだしてみるとコートの様に長いジャケットが出て来た。
「うわー」
色男のルルにピッタリだ。
花の香りは服に焚きしめられており、服を動かす度に部屋に香りが広まった。
まるでお伽噺の王子様の様なスタイルの服。ルルが着たらさぞかし似合うに違いない。
着ている姿を想像して目をキラキラ輝かせた鷹由紀は、このまま袋の中に入れっぱなしでいれば服が皺になってしまうと、慌てて折り皺が目立たない様に四苦八苦しながら服を畳んだ。
「えっと、しまう場所は……」
このままで置いておくのは忍びなかった。
アイロンがあるか分らないこの世界。出来れば皺の無い状態でルルにこの服を着て欲しいと言う思いの強くなった鷹由紀は収納場所を探した。
先程のマーレンとの会話を思い出すとこの他に何着も正式な衣装を持っている様な口ぶりだった。きっと同じ様な服を入れている収納場所があると思った鷹由紀は、部屋にある収納箱を一個ずつ開けていった。
食器箱、書物箱、普段着の箱、雑貨箱と様様な箱が有る中、その箱は隠される様に天井近くの梁の上にひっそり置かれていた。
「見つけた!!」
まるで隠す様に置いてあった箱を見つけると鷹由紀は嬉しさのあまり声を上げた。
きっとあれだと、鷹由紀はテーブルを引っ張り、その上に椅子を置いて登ると梁の上にあった箱を取りだす。
梁は意外と太く、鷹由紀がゆうに座れる太さがあった為、わざわざ箱を降ろすのを止める。安定感のある座り方にすると、少しドキドキしながら葛籠の様に何かの植物で編まれたその箱を開ける。すると案の定煌びやかな衣装と、先程の衣装に焚きしめられた花の香りとちょっとの酒の香りが微かに香る。
「すっげぇー」
赤、黒、黄色。
その時々に色が変わるのだろう。
先程見た衣装と変わらぬ豪華な服が次々と出て来た。
鷹由紀は扱いに気を付けながらも一枚ずつ服を出した。まるで女子高生の様にきゃっきゃ一人で興奮しながら自分の身体に充て、「君の瞳にカンパイ」とかっこ付けて言ったりとふざけては笑う。
自分で着るのは抵抗が有るものの、リューザキ等も似た様な服を着ていたので見る分には楽しい。
まるで女子高生の様にきゃっきゃと楽しみながら服を見ていると、ふと手を止めた。
箱の下の辺り。
丁度真ん中を過ぎた頃から小さな服が沢山出て来た。
それも最近のモノよりも立派な作りだ。
服には宝石らしきものが縫い付けられ、豪奢な刺繍まで施されている。
リューザキやヴェネディクトの家でもこの様な物を見た事は無かった。
まるでサンケ仲間のファビオラが着ている様なそんな姿の物だった。
「これって……」
普通の人が、幾ら国に貢献しているとは言えこの様な豪華な衣装が下賜されるものだろうか。
鷹由紀の顔は訝しげに歪み何かに気が付いたのか、慌てて散らかした服を葛籠の中に入れると慌てて梁から降り、椅子やテーブルを元に戻した。