猫とダンス2 4

部屋が綺麗に元に戻ると、それを待っていたかのように馬の嘶きが聞こえて来た。
ルルが帰って来たのだ。
危なかったと鷹由紀は胸を撫で下ろし、何事も無かった様に扉を開けてルルを出迎えた。
「おかえりなさい〜!」
「ただいま、鷹由紀、大人しくしてた?」
穏やかに馬上から微笑むルルに、無駄に元気になって疑われないだろうかとドキドキしてしまう。
「大人しくしてたよ、ルルさんはい」
鷹由紀は徐に両手を差し出した。
「なに?」
「コート、汚れちゃうから」
「……ありがとう」
ふんわりと嬉しそうに微笑んだルルは急いで馬から下りると、コートを鷹由紀に手渡した。
「中でお茶淹れて待ってるね、ちゃんと手洗って来てよ」
「うん、わかったよ」
あつあつの新婚の様なやり取りにルルの顔は顔面が崩落しそうな程幸せの笑顔で満ちていた。
いそいそとまだ庭をフラフラしていたいスティンガを厩舎に追い込み、言われた通りに手を洗うといそいそと家の中に入って行った。

鷹由紀は部屋の中に入ると直ぐにコートの内側をチェックした。
この世界の服にタグが存在するのかチェックしていたのだ。
「やっぱり……ない」
想像した通りだった。
先程見たルルの豪華な衣装、特に小さな服に入れられていた刺繍で縫い取ら文字は今のルルの服にはついていなかった。
自分の服でも見た記憶が無い。
「一体なんなんだろうぅ、やっぱりルルさんは普通じゃないって事?」
疑問符ばかりが頭に浮かんだ。
本当なら聞いた方が早い。
だが、何故かと聞く事は躊躇われた。
隠す様に置かれていた箱、特に何も言わないルルになんとなく自分に知られたくない事が有るのだろうと想像が出来たからだった。
「うーん」
考えれば考えるほどオチがまるでお伽噺の様に実は王子様でした。なんて陳腐な想像しか出来ない。
マジマジとコートを見て大きな溜息をついた。
「でもルルさんならあり得るんだよね〜」
「なにが?」
「わっ!!」
考えに没頭し過ぎて入って来たルルに気が付かなかったようだ。
「ルルさん、何時の間に」
「何時の間にって…鷹由紀がお茶を淹れて待ってるって言ってたから早くして来たんだよ」
なのにと、チラリとテーブルに視線を向けられ慌てた。
コートに気取られていてお茶の用意等全くしていなかったからだ。
「ご、ごめんごめん、直ぐに用意するね!!」
持っていたコートをハンガーに掛けると、急いでお茶を淹れてご機嫌伺いの為にドライフルーツを小皿に出した。
「はい」
「何か良からぬ事でもしていたんでしょ」
ドライフルーツを摘まんでルルがニヤリと笑った。
「そ、そんなことないよ」
「本当に?」
「うん、ちょっとボーとしちゃっただけ」
「私のコートを握り締めて?顔をうずめて?」
「うずめる?」
「そっ、さっき私のコートに顔突っ込んでたでしょ、そんなに寂しかったの?」
「そっ!そんなこと、ないと思う!!」
「なんでそこで力強く否定するかな」
全く見当違いなことを言われ慌てて否定する鷹由紀にルルは笑った。
「もう、からかうのは辞めて下さい、それにルルさんさっき頂いた服どうするんですか?」
「ああこれ?」
机の上に置いた袋を見てルルはそれをポーンといつも着ている衣装箱の上へと投げた。
「うわっ!そんなに粗末に扱ったらダメじゃないですか!」
「だってその日にしか着ないし、どうせスティンガに乗って行くから皺も出来るしね、あっちで皺伸ばしして貰うから適当でいいんだよ」
「あんまり乗り気じゃないんですね」
その適当な物言いに思わず笑うと、ルルはやれやれと漸く椅子に座りお茶を一口飲む。
「乗り気は全くないよ、あちらに行っても堅苦しいばかり森と草原の暮らしに慣れた木こりが窮屈と思わない訳ないでしょ」
「そう、だよね、ね」
思い切り嫌がっている様は嘘には見えない。
当日まで放置しておくと言う言葉も嘘は無いだろう。
でも何故なのだろうと鷹由紀は思った。
偶に頭の隅に引っかかる何か。
それが何なのか暫く考える必要がありそうだった。