猫とダンス2 5

もやもやした気持ちが数日続いたある日。
ルルが鷹由紀を仕事場に誘ってくれた。
屋根上にあるあの箱を見て以来、どう話しを切り出そうと悩んでいる内にドンドンと日が経ってしまい、それが気になってルルと若干ぎくしゃくした日々が続いていたのだ。
ふとした瞬間に戸惑ってしまったり不自然な態度をしてしまう鷹由紀をルルは言外に心配している様で、それを打開しようとルルが仕事場に誘ってくれたようだった。
二人は無言でスティンガに乗り仕事場に辿り着く。
「じゃあ、この辺りを見回ってくるから鷹由紀はゆっくりしてて」
「うん」
「ここから離れてもみつけられるからどこに行っても良いけれど、危険な場所には行かない事」
「なんでみつけられるの?」
「鷹由紀の匂いをスティンガは覚えてるからなんとかなるんだ」
「へぇー」
スティンガは犬の様な機能も搭載しているのかと感心した視線で見上げると、フフンと馬に鼻で笑われた気がした。
「なんだか、鼻で馬鹿にされたような気がする」
「そんなこと無いよ、ただプライドは高いから気に障ったのかもね変な事考えなかった?鷹由紀??」
「えーっと」
戸惑っているとルルが笑った。
「ほら、考えてたな、それを敏感にスティンガが感じ取ったんだよ」
「そっか」
神通力まで持っている馬なんて無敵だ。
「この森は危険な動物も居ないから自由に歩いて良いからね、取敢えず迷ったと思ったらその場で待機すること。少し開けた場所があるならそこで待ってて、この森なら殆どの場所を把握しているから迷っても心配しないでそこで待ってるんだよ」
「うん分った」
鷹由紀が素直に頷くとルルはしゃがんで鷹由紀の頬を撫でそして口づけた。
「ゆっくりね」
何も言わないが鷹由紀を心配しているのが手に取る様に分る。思わず背を伸ばし鷹由紀はルルをギュッと抱きしめて耳元で「ゴメン」と囁いた。
「いいよ、そんなことじゃあ適当な時間にココに戻って来てね」
「うん分った」
ルルは鷹由紀にもう一度口づけるとスティンガに乗り森の見回りへと行ってしまった。

鷹由紀はルルが見えなくなるまで見送ると周囲を散策する事に取敢えず決めた。
森は青々としていて、よく目を凝らすと木の実や食べられそうな草なども生えている。
鷹由紀は小屋から背負子を持ってきたので、背中に大きな籠を背負うと、いつもスティンガを繋いでおく大きな木の近くの周辺を歩き見回る事にした。
前回見つけた美味しそうな桃の様な果物を数個取って、怪しげな紫色のキノコをゲットする。
ほうれん草の様な草を見つけて一応数束積んで、高校生の時に園芸部で見たハーブっぽい物も摘んだ。
そうやって、色んな草や果物を取っているといつの間にか大分目印の木より離れてしまったようだ。
うっそうと茂る森の木々に囲まれまだ道が分るウチに戻ろうかと考えていると、目の端に少し先に大きな日が差す場所が見えた。
多分、その場所は広い草原の様な場所になっているのであろう。
先程のルルの口ぶりだと、広く開けている場所ならどこでも分るとの事だったのでその場所で待機していた方が分り易いかもしれない。
自分で戻れると思っていても帰れなく遭難すると言う話しを何度もTVで見た事があった鷹由紀は取敢えず戻る事を辞めて、その開けた場所に向かった。
「うわぁ……なんだココ」
その場所はタダの草原では無かった。
広く開けたその場所は大量の瓦礫と建物であった名残を感じる広大な廃墟だった。
鷹由紀は口をあんぐり開けたまま周囲を見回した。
立派だっただろう鉄柵と奥に見える瓦礫の山。
目の前にあるのは凝った意匠が施されている門扉の名残と既に崩れてしまった石造りの塀が、グルリと大きな範囲を取り囲んでいた。
「お城跡??」
壊れかけた門扉を慎重にくぐると、欠けた石に交じって野草ではない華が咲き乱れている。
大分人が行き来していないのか中は荒れ放題だが、そこかしこに立派だった名残があった。
鷹由紀は注意しながらも進んだ。
カツン、カツンと小気味よい音がする。下を見ると綺麗な石畳が並んでいた。
「ここ多分城だ……」
しゃがんで石造りの道を確認すると、綺麗な正方形がキッチリと嵌めこまれすきが無い石も硬くよく見ると白く輝く様な石だった。
日本でも世界でもこの様に石目に乱れなく固い石材で建物ではなく道や掘等を作っている場合は大抵権力者の建物と決まっていた。
まるで学者の様な眼でその石造りを見ると、鷹由紀はキュッと口を引き締めこの先にある大きな瓦礫を見つめた。
門扉から真っ直ぐ向かう白石造りの大きめの道は多分馬車を通すための道。
広場の先には朽ちた建物の後の様な瓦礫の山がある。
手前には池の様になってしまった噴水跡があり、多分道の両脇は広場を美しく見せる為の花壇だったのだろうと想像出来た。
鷹由紀は注意深く周囲を警戒しながら先に進んだ。
そしてかつては建物だったであろう瓦礫の山の前に辿り着いた。
壁だったらしい石積みや、ボロボロになった柱はあるが、後は崩れた石がごろごろしているだけで塔や住まいの様な場所は残っていなかった。
鷹由紀はなんとか以前の名残はないだろうかと、その瓦礫の山を進む。ロッククライミングの様になった場所を数か所進むと、数か所ポカリと建物の基礎の部分が見えている場所があり、そこに降り立った。
「みつけた!!」
目の端に光る様に見えたのは床。
今までの瓦礫の中に無かった深い赤い石だった。
大理石の様な綺麗な石には繊細な装飾が施されている。
鷹由紀は急いでしゃがみこんで床の上にあった埃を払うと、石だと思っていた床には綺麗な装飾が施されている事が分った。
深い赤色の石には金色のラインが引かれ中央に動物の様な物が書かれている。
よく石を見るとまだその床が続いているようだった。
鷹由紀は夢中で小さな瓦礫を避けると、直ぐに鷹由紀が寝ころべる位の床が現れた。
「凄い……これって……」
床は一度掘りこまれてそこに金色の樹脂か石が嵌めこまれた様で高度な技術だと簡単に見て取れた。
鷹由紀は興奮した。
世の中の考古学者が探していた遺物を見つけた時の感動とはこんな状態なのだろうかと、急く気持ちを必死に抑えようとする。
待て事を急くなと鷹由紀のもう一つの心が警鐘を鳴らすのだ。
一つ大きく呼吸をすると、鷹由紀は手近にあった瓦礫に腰かけた。
「落ち着け、落ち着け…」
何度も呪文のように繰り返し、そして背中に背負っていた背負子を降ろすと、先程森で摘んだ果物を口にした。