猫とダンス2 8


「鷹……き!!……鷹由紀っ!!」
頬が叩かれ目を覚ますと、ルルの顔が鷹由紀の視界いっぱいに入って来た。
「ルル……さん?……ルルさん!!!」
ガバリと起き上がると、鷹由紀はルルに抱きついた。
ルルが迎えに来てくれたのだと、まるで夢心地の思いだった。
ぎゅっと抱きつき、ルルの匂いを嗅ぐ、ピンとたった凛々しいルルの耳に触れぎゅっと身体を固くする。
何ものからも守ってくれるルルの庇護に戻れたのだと、そうすると安心出来るからだった。
「ど、どうしたの?」
何も言わずにしがみ付いてくる鷹由紀にルルは少し動揺しながらも、ぎゅっと鷹由紀が安心する様に抱きしめて笑った。ポンポンと背中を叩いてくれる。
「赤ちゃんみたいだね、迷子になって心細かったの?」
その言葉に素直に頷くと、顔を上げる。
ルルの暖かな微笑みを見て、自然と力が抜けるのを感じていた。
「どうやって僕がココに居るって分ったの?」
「スティンガが探し当ててくれたんだよ」
「地下なのに、凄い、そんなところまで鼻が効くなんて犬みたい」
「地下?ここは地下では無いよ、鷹由紀?」
「えっ……??」
その声に我に返り、今までルルしか見ていなかった視線を動かし漸く周りを見渡した。すると、林の中に居たのだ。ちょっとした日が差す木漏れ日の中、木の根元に座る様に居た。まさかそんなはずはないと周囲を見回してみると、地下どころか瓦礫の山さえ見当たらなかった。
馬鹿なあれは夢だったのだろうか……。
狐に抓まれた様な気持になるが、心のどこかがあれは現実だと告げてくる。
「どうしたの本当に??」
現実に戸惑い不安そうな面持ちの鷹由紀に、ルルが優しく声を掛ける。だが、鷹由紀はルルの気遣いを今は生憎気に留める余裕が無かった。
「僕瓦礫の山に居て、落ちたんだよ!!それで…」
ガシリとルルの襟元を掴むと詰め寄った。
的を得ないのかルルは鷹由紀の話に首を傾げてしまう。
「瓦礫??この辺りじゃそんなの無いけれど…森を歩いていてそんな場所を見つけたの?」
「うん」
大きく頷いて見せるが、ルルは首を捻るばかりだった。
天を仰ぎみて考え込むが、本当に検討が付かないらしく肩を竦める。
「僕はこの辺りにずっと住んでいるけれどそんな瓦礫見た事がないけれど」
「嘘……」
「いや、本当だよ」
その言葉に背中に嫌な汗が流れる。
あれが夢なのかと、あまりにもリアル過ぎたその体験が今でも身体の中に残っていた。
目を閉じるとそこには先程起きた事がまるで映画の様に思い出す事が出来た。
「但し、私が一番正しいとも限らない。この森に知らない場所は無いと自負していたけれど、知らず知らずの内にその場所を避けていた場合もあるかもしれないしね。もしかしたら鷹由紀が歩いたからこそ見つかった新しい場所なのかもしれない。それともここの木漏れ日が気持ちよくて夢を見たのかな?」
「夢?」
「の可能性もあるだろう。鷹由紀には悪いけれど、少なくてもこの辺りには瓦礫の山なんか無いはずなんだよ」
肩を竦めるルルに、鷹由紀は「信じられない」と呟き天を仰いだ。
あの死人は、そしてあの光る人達が夢だとは考えにくい。
だが、ルルが嘘をついているとは思えず、無性に怖くなってルルに更にしがみ付いた。
「怖いよルルさん」
「本当にどうしたの、籠もどっか行っちゃったみたいだし、一人で歩いた時に何か怖い目にでもあった?」
仕方が無いなとルルは笑いながらも嬉しそうに鷹由紀を抱き上げ、膝の上に載せた。
「大丈夫私が居るよ、多分今目が覚めたばかりで色々頭も混乱しているだろうから取敢えずここから離れよう。それからもう一度この事に関して説明してくれると嬉しい。さっき鷹由紀を探しがてら美味しい果物を見つけたんだ元居た場所に戻って食べよう、それからで良いよね」
「うん」
「顔色が悪い、具合が悪い?」
違うと首を振り胸にすり寄った。
そして周囲に視線を走らせやはり付近に瓦礫が見えない事に驚愕した。
やはり夢だったのか。
いや、そんな事はないと心の中で自問自答を繰り返し、ルルに縋ることしか鷹由紀には出来なかった。
何も言わなくなってしまった鷹由紀をそのまま小脇に抱え、ルルはスティンガに騎乗し足早にその場所から去った。
少し薄暗い森を抜け、いつもスティンガを繋ぐ広場と大木の場所に戻ると、ルルは鷹由紀を離す事はせず、抱き寄せたままスティンガから滑る様に降りる。
「さぁ、鷹由紀着いたよ、ここに座っておいで」
そう言ってルルは鷹由紀を日が当たり小さな白い花が咲く大木の根元へと座らせて、自分は果物を持ち横に寄り添うように座る。
すると鷹由紀はペッたりと再びルルにくっついた。
「どうしたの?そんなに可愛くなっちゃって。困ってしまうよ……。ほら言ってごらん、何があったの?最近おかしいと思ったから気分転換にココに連れて来たのに、間違いだったかな」
申し訳なさそうなルルの声に鷹由紀は慌てて顔を上げた。
「そそんなことないよ」
「じゃあ、話してくれる?」
思いのほか強い視線に鷹由紀は頷かずには居られなかった。
ポツポツと鷹由紀は話した。
屋根裏の衣装の事、今日見た城址後の事を。
ルルはじっと横で黙って聞いており、話し終わると「そうか……」と呟いた。神妙な表情に鷹由紀の喉は鳴る。
「鷹由紀はその白い光る人達を知っているの?」
「まさか、あんな白い人達知ってるはずがないよ。僕の知り合いと言ったら数少ないのはルルさんも知っているでしょ」
まだ此方へ来て日がそれほど経っている訳でもなく、ほぼルルの小屋に居るのだから、知合い等リューザキやヴェネディクト等を覗けば皆無に近い。
しかし、白く輝く人達は鷹由紀を見知った風だった。
口々に何かを言いながら見つめられていた。
そして思い出すのはローブを着た人。
何か伝えようとしていた唇を思い浮かべるが、鷹由紀には何を伝えようとしたかったのかまるで分らなかった。