猫とダンス3
「じゃあ早速私の家に行こう、立ち話もなんだしね」
鷹由紀について来てと先程出て来た家へと二人で歩き始めた。
鷹由紀はルルの後ろ姿をじっと見つめる。木こりと言われて信じられなかったが、服の下に見える筋肉や上背は明らかに肉体労働者の身体だった。
無駄な筋肉は付いていないしなやかな身体だ。しかも身長は程々高い鷹由紀の身長をゆうに超えている。もしかして190pあるかもしれない。
(あ、尻尾はないんだ……)
尻に当然あるだろうと思っていた尻尾だったが、彼には付いていない。猫耳と言えば尻尾と相場は決まっているがこちらではそうでは無い様だった。

家までは結構な距離だ。
家は今いる位置からは小さく見えかなり歩かなくてはならない。
二人して黙って歩き続けていたが、沈黙に耐えられなくなった鷹由紀はルルに話しかけた。
「あの……その耳って、動くんですか?」
「耳?ああ動くよ、ほら」
ルルは振り返って自らの耳をピクピク動かした。
「本当に動くんだぁ」
耳を動かしただけで感動している鷹由紀にルルはおかしそうに笑った。
「おかしな子だな、頭上の耳が動くのはこの世界じゃ当り前の事だよ」
「僕の世界では耳を動かせる人は珍しいので…」
「そっか。あっ!……そう言えば、私ももう一つの耳は動かないかもな」
「もう一つの耳??」
「気が付かなかった?」
ルルは顔に掛かっていた黒髪を手で上げると、鷹由紀と同じ場所に耳がきちんと付いていた。
「耳が……4つ?」
「そ、頭の上の耳は遠くの音を良く聞く物、顔の横についている耳は近くの音を聞く物に分れているんだ」
「へー、便利なんですか?」
「うん、便利だよ、この耳があればここからほら、あそこに見える山脈のちょっと下あたりで君が大声で助けを求めてても聞こえるんだ」
指さした場所はここからはるか遠くの場所だった。
「あの場所ですか、凄い集音能力ですね」
「凄いかな?噂話や悪口も偶に聞こえてきちゃうから不便な時もあるけれど」
「うわ、それは頂けないなー」
「そんな事もあるから普通は耳を欹てなければ聞こえない様になっているんだよ、気にしてたら病気になっちゃうし、色んな音が絶えず聞こえてきたら煩いでしょ」
なるほど、ノイズキャンセラー付きの高性能集音器というところなのだろう。
鷹由紀はへーと感心していると、程なくしてルルの家へと辿り着いた。
ルルの家は丸太を綺麗に削って積み上げた木造の家だった。
ちょっとハイジの家に似ている。
家は木製の丁度ルルの腰の高さ辺りまでの柵に囲まれ、柵には赤い実と青い実がなった蔓が巻きついている。
庭には井戸と納屋、それに家畜を飼っているのか、家の後ろから馬の嘶きの様な声が聞こえて来た。
「ようこそ私の家へ」
ルルがまるでお姫様に対する様に芝居がかった礼を見せて家の中へと招き入れてくれた。
ぎぎっと木造独特の懐かしい様な音を鳴らして開いた扉の中は、鷹由紀が考えていた男一人住まいにしては綺麗なものだった。
部屋の中はワンルームになっている。
左手にはキッチンらしき設備と竈にテーブル。左側には少し大きめのベッドと机が置かれ窓際にはベンチがあり沢山のクッションが置かれていた。
壁にハシゴが立て掛けられているので、もしかしたら屋根裏があるのかもしれない。
これで綺麗なパッチワークや花等が飾ってあったらカントリー好きの女子には溜まらない家だろう。
「テーブルにでも座って、取敢えず混乱したりして疲れただろ、お茶でも淹れるよ」
ルルは外から帰ると、履いていたブーツを脱ぎ捨て作りつけの棚に入れてしまうと素足で部屋の床を歩いた。
「あ!鷹由紀も靴は脱いでね、靴はここに入れておいて」
「分りました」
日本みたいだなと思いながら鷹由紀も履いていたスニーカーを脱いで同じ場所にしまう。
床は案外冷たくなくて快適だ。
若干の解放感が今の鷹由紀には気持ち良い、ぺたぺたと床を歩き、ダイニングテーブルらしき所に座った。
ルルは鷹由紀を背にして棚からコップを二つ取り出し、鷹由紀の為に飲み物を用意した。
「はい、飲んで見て、ちょっと心が落ち着くお茶だから」
渡されたカップからは暖かい湯気と共に清く爽やかな香りがした。一口飲んでみると少し甘くてホッとする味だ。
「おいし」
「良かった口に合って、今日はこの世界に来て疲れたり混乱してるだろうからゆっくりして」
「なにからなにまで、スミマセン」
「気にしないでよ、元々異世界人の人と交流もあったし、それに最近一人暮らしがちょっと寂しくてパートナーを探そうかと思ってたところだから、正直助かっちゃったし」
鷹由紀はきょとんとした。
「ルルさんくらいかっこよかったら、パートナーなんて直ぐに出来るんじゃないですか?より取り見取りな感じがするんですが」
「まさか、ちょっとおだて過ぎだよ。こんな田舎に住んでいる私と一緒に住んでくれる女や男なんてそうそう居ないもんだよ」
「へーそう言うものなんですね、僕が女の子だったら一発OKですけれど」
「なんだよー鷹由紀、すげぇ可愛い事言うじゃん!ご褒美」
そう言うとルルは反対側から身体を延ばしてくると思うと、鷹由紀の頬に派手な音のキスをした。
「うわっ!!」
「可愛いなー驚いちゃって」
「驚きますよ普通!!男が男に気軽にキスなんて僕の世界じゃありえません!!」
「私の世界でもそっ、でも鷹由紀は可愛い事を言ってくれたから、特別」
「うわー、僕その特別権利要りませんし……」
うんざりした顔をしてキスされた場所を服で拭った。
「何それ、傷つくんだけれど」
「僕の方が傷つけられました!お婿に行けなくなったらどうするんですか?!」
「そうなったら私がお嫁に貰ってあげる」
「うわ……っ」
にこにこと笑いながらルルは鷹由紀を揄っていた。
鷹由紀も途中で揄われている事がわかったのだろう、途端にムッとしてぷいと顔をそむける。
「僕、そう言う冗談嫌いです」
「おいおい、そんなに怒らないでよー」
「じゃあもう今後こう言う事はしないで下さい」
「無理っ!」
即答するルルには態度を変える気が無い様だ。鷹由紀はこの目の前の美しい男が何を考えているのかさっぱりわからなかった。
今後の生活が思いやられた。
ため息を付いて、うんざりしながらお茶をちびちび飲んでいると、それを楽しそうに見詰めていたルルが
「まぁ、冗談はここまでにして、これからは真面目な話ね、鷹由紀には悪いんだけどこれから用があるから少し家を出ようと思うんだ、夕方までには帰ってくるから家で一人で留守番は出来る?」
「どこに行くの?」
「異世界人を受け入れたからには役所に届け出をいち早く出さなくちゃいけなくてさ、、取敢えず私だけで鷹由紀がやって来たって言う仮申請を出しておこうと思って、早めに出した方が国から援助も早く受けられるからね」
「だったら僕も」
「ダーメ!」
「なんで??」
「耳」
そう言ってルルは自らの頭上を指さした。
「鷹由紀には耳がないだろう、連れて行ったら一発で異世界人ってバレあっという間に人だかりにだよ、私達人種はね大概好奇心旺盛で珍しい物を見るとじっとはしていられない性分なんだ、今日町なんかに行ったら明日からこの家の前には鷹由紀を見たいってやじ馬で行列出来るぞ」
「えっ…それは困る」
「だろ、だから来たばかりなのに申し訳ないけれど留守番してて」
「うん……わかった」
「良い子だ」
ルルは今度はキスじゃなく、少しごつい手で鷹由紀の頭を撫でた。
「やめてよ、子供じゃないんだから」
「いいじゃないか、キスは我慢するから鷹由紀はこれを我慢しなさい」
理不尽な要求だ。
「早めに帰ってくるから絶対に家を出ない事、夜になったら色々聞きたい事があるだろうからその話をしよう、勿論疲れたら寝てしまっても構わないから」
「うん、分かりました」
「直ぐに確認したい事はある?」
鷹由紀はトイレや飲み水の事等を尋ねると、ルルは手短に教えてくれた。
「もうこれで大丈夫?」
「うん、大丈夫だと思います」
「じゃあ行くね!お土産買ってくるからね」
ルルはそれから慌ただしく用意を始めた。
鷹由紀の為に口寂しければとカップが入っていた同じ棚から小さな四角いクッキーの様な焼き菓子と小さな赤い実が入った皿、それに果汁が入っているというタンブラーを用意してくれると早々に家を出て行った。
馬の嘶きが外から聞こえ、鷹由紀は焼き菓子を頬張りながら窓から外を見てみると、見た事も無い足に鉤爪をもった黒馬に乗って走り去るルルの後ろ姿が見えた。
その姿は小さい頃に見たお伽噺の王子様の様で、鷹由紀は家の窓からその姿に見とれていた。