猫とダンス7
朝目が覚めると、ガイドブックとルルが話した通り立派な三角耳が生えていた。
「生えたっ!! 」
目が不思議とパチリと覚め頭上に不自然を感じて探ってみると、今まで感じられなかった弾力のあるもふもふした物が存在している。
「鏡!!鏡っ!!」
鷹由紀は泡を食った様にベッドから飛び上ると、そのまま昨日説明された洗面台へと駆けこんだ。
「あああ、ああああーー!!」
へにゃっとした情けない、哀れさえ感じる声を上げた。鷹由紀の榛色の紙の上には白・黒・茶が混じった三毛猫の耳が鎮座している。
耳のついた自分の姿に脱力した鷹由紀は、その場でへにゃへにゃと床に座り込むとガックリと力を落とした。
「三毛猫か」
よいしょ、といつの間にかやってきたルルが、鷹由紀の両脇に手を入れて立ち上がらせるとそのまま運んで窓際にあるソファーに座らせた。
ルルを見ると、キチンとした身形を整えていた。既に鷹由紀より早く起きていた様だ。
「ルルさん……生えた」
「だね」
よしよしとルルは鷹由紀の頭を撫でて複雑そうな顔で鷹由紀を見守っている。
「なに…ルルさん、僕の耳変なの?」
ルルの尋常ではない雰囲気に気圧されて鷹由紀は不安になった。ルルは暫く考えた後に
「いや……」
「なに?どうしたの??」
「三毛(サンケ)か……」
「サンケ?」
耳慣れない言葉だ。
「三毛って、耳に三色ぶちがある柄の事、珍しい柄だからサンケ登録って言ってね、三毛の耳の人は異世界人とかここの世界の人間とか関係なく登録しなきゃならなくって…あーもう、鷹由紀ったらサンケで生まれたから今日中にでも街に連れて行かないとならないな」
「え?そうなの??」
「耳が生えたばかりなのに連れて行くのは気が乗らないんだけれど、サンケはこの世界では希少種なんだ、万が一って事も考えてサンケ登録はしたおいた方がいい」
「万が一って?」
「連れ去りとか、人身売買とか…」
「えっ?!」
穏やかではない内容に心底驚くと「例えばの話だよ、例えばの」とルルは否定してくれたが、過去前例があったからこそルルもこの様に心配するのだろう。
「取敢えず、昨日の今日で大変だとは思うけれど、今日は登録に鷹由紀も連れて行こうと思う、大丈夫?」
「う、うん……それにしないと危ないんでしょ?」
「まぁ、しておいた方が良いに越した事は無いかな」
「じゃあ、行く」
「よし、決まりね、それじゃあ朝ご飯食べて用意したら早速行こう、昨日私が行った場所よりサンケ登録所は遠い場所になる、一日仕事だから沢山ご飯食べようね」
背を屈ませて鷹由紀の顔を伺うと、ルルは鷹由紀に言い聞かせるように告げた。
朝ご飯はルルが手早く作ってくれる。
急いでパンとハムそれに昨日のスープを飲むと、バタバタと外出の用意を始めた。
ルルは手慣れていて、普段着にマントを付けて乗馬専用のブーツを履くと終わり。僕はと言うと
「昨日御土産で買ってきた服や外套がこんなにも早く役に立つだなんてねー」
ルルは嬉しそうに昨日持っていた袋を漁ると、白っぽい、ルルに似た服とクリーム色の綺麗な外套を取りだした。
「これ、汚れちゃうの早いけれど似合うと思ってさー、ここ見てみて、鷹由紀専用に紐をリボンにして貰ってねー」
そう言って被せられたのは赤ずきんちゃんがしている様な頭巾型マント、首には太めのリボンが通してあって、なんだかメルヘンな作りです。
「……ちょ、ちょっと僕にはメルヘン過ぎない?」
「そうかな?私が茶色のマントだから丁度対比で美しいと思ったんだけれど」
「対比って……」
僕に似合う似合わないじゃなくて、ルルとの対比で商品選んだのか…。ガックリ来たけれど、買って来てくれたモノだから文句も言えない。
鷹由紀は普段着を身につけるとしぶしぶとその外套を被った。ルルは外套を被った鷹由紀を満足げに見守ると、ぎゅっとリボンで頭巾が脱げない様に締め上げた。
「良かったよ頭巾付きで、これならサンケだってばれない」
やけに真剣な顔で言うので鷹由紀も思わず頷いた。
「靴はこれを履いて、はい手袋も……後は……鷹由紀動物は大丈夫?馬に乗って街まで行くんだけれど」
「うん、平気。馬に乗った事は無いけれど、ちょっと楽しみ」
「そっか良かったそれじゃあ心配ないね」
外套の様に思いもかけないデザインかと心配したが、手袋もブーツも外套と同じ色だったが取分けおかしい感じでは無かった。
それどころか、どちらもとっても柔らかい皮製で手袋もブーツも苦労も無くすんなり履けた。
「うわーこの手袋もブーツもいい感じ」
「でしょ、私のお気に入りの店で誂えて来たんだよ、良かった気に入った?」
「はい」
「外套は不満っぽいけれど、そっちがOKならいいでしょ」
バレてたか。
鷹由紀は苦笑いを浮かべた。
鷹由紀の用意が終わると、二人で外に出た。
外は昨日と変わらずの快晴。
目の前には穏やかにな風に吹かれている草原が広がっている。昨日この草原にあのゾンビが出ているなんて信じられない。
家を出てルルが戸締りをしている間、鷹由紀はルルから離れる事はけしてなかった。
子供の様にルルの陰に隠れ周囲を注意深く見回している。
「もしかして、出ると思ってる?」
「……出ないって言いきれる?」
「勿論、死人は夜のみ活動する、夜勤さんですから安心していいよ」
「あの人達って一体どこから来るの?」
「うーん、出る場所の下からって話だけれど……」
「えっ?!じゃあ草原の下に埋まってるって事?」
「そんなんじゃないみたいだよ、自分達のシマみたいなのがあって、地中を移動しながらその日の気分で地上に出る場所を決めるんだって聞いた」
「なにそれ?御出かけって事?」
「まぁ、そんな様なもんなんじゃないかなー?って事で夜しか出ないし、夜になっても危害は加えてこないから大丈夫!!ちょっとここで待っててね、馬連れてくるから」
ルルは大きな袋を背中に背負うと、そのまま家の後ろにある馬小屋へと向かって行った。
鷹由紀は邪魔になるかもしれないからと、いつでも走れる体制を整えながらルルを待っていると、甲高い嘶きと共に一頭の馬がゆっくりとやってくる。
「大きい」
昨日も窓から見たが、近くで見ると迫力が違った。身体に付いた隆々とした筋肉と長い鉤爪。どっしりとした重い馬体は歩く度に地面に足が沈んでいる様に見える。
荒い鼻息を洩らしながら前足で地面を蹴り、新参者である鷹由紀をギロリと睨みつけた。
「こ、怖い……」
思わず鷹由紀が後ずさりすると、ルルが馬を宥める。
「これが私の馬、スティンガ、長爪種だから岩山も平気な子なんだ…スティンガ、鷹由紀だよ…、さぁ鷹由紀掌を出して」
そう言われて恐る恐る手を出してみると、スティンガが鷹由紀の掌を気が乗らなそうに匂いを嗅いだ。
「なに?……この儀式」
「これでスティンガに鷹由紀の匂いを覚えて貰うんだ、私のお客様だからお前がこれから乗せるんだよって事を今教えているの」
「ふーん」
馬術に詳しくない鷹由紀は頷くが、先程の睨みに完全に怖気づいた鷹由紀は出来るだけなら近寄りたくない。
だが、そんな気持ちも知ってか知らずがルルは怯えて腰が引けている鷹由紀の手を取った。
「ほら、スティンガの上に乗るよ」
スティンガの身体に持っていた荷物を括りつけると、踏み台も無しに2メートル以上ある馬の背に飛び乗る。
「はい、鷹由紀も」
「えっ……あ、うん」
(僕乗れるのか??)
鐙に足を掛けるが、その時スティンガがギロリと睨みつけてくる。
「あはは、あの、すみません…」
その眼力故、及び腰になった鷹由紀は鐙に掛けていた足を外した。
「何やってるの?早く乗って」
「でも…スティンガが……」
「こらっ!スティンガ、ガン付けちゃダメでしょ!」
ポカンと拳でルルが叩くと、ますますスティンガが鷹由紀を睨みつけた。
(ああ、そうするとますます僕の所為に……)
更に馬に乗れなくなってしまった鷹由紀はどうしたらいいものかと馬の前に立ったままになっていると、ルルがこれでは埒が明かないと感じたのか、手を伸ばした。
「鐙に足を乗せて、私の手を取って、スティンガの事は気にしないで、はい!鐙に足乗せて」
鷹由紀は言われた通り足を載せルルの手に掴むと、ルルはそのまま鷹由紀を片手で引張りあげて馬上に乗せてしまう。
乗ってしまえばスティンガも逆らえないのか、不満げに一鳴きするとそのまま大人しくなった。
馬上はスティンガが大きな馬の所為なのか、かなりの高さに感じる。
見晴らしは良いが、それだけに高く恐ろしく感じた。この馬のサイズが普通ならこの世界の馬に乗れないかもしれないと鷹由紀は思った。
「高いねー」
「そうだね、スティンガはこの世界の馬の中でも大きい方だから」
「そうなの?なんか特殊な馬??」
「うん、軍用馬の払い下げ品だったんだ」
「へーっ」
軍用馬だから気性が荒いのかもしれない。
「じゃあ鷹由紀、馬に乗るのは初めてだよね、いくつか注意があるからちゃんと聞いていね」
「はい」
「取敢えず馬を乗る時は必ず私の前に座って私の胴に掴まる事、馬が走っている時はなるべく話さない事、舌を噛むからね、最後だけれど鞍の上は激しく上下するから馬の呼吸を読んで馬の上下に合わせる様に努力して、そうじゃないとお尻が大変な事になる」
「はい!先生」
鷹由紀が突然改まって学校の生徒の振りをすると、乗りの良いルルが乗った。
無い髭を指で弄りながら鷹由紀を指さす。
「鷹由紀君なにかな?」
「なんで先生の胴に掴まらないとならないんですか?」
「うむ、それは鷹由紀が馬に乗った事が無いからです、乗り慣れていないから一緒の手綱を持たせる訳にもいかないし、蔵の出っ張りは短くて早く走る時には危ない。一番いいのは私の前に座って私にしがみ付いて貰っていれば、万が一スティンガが暴れても鷹由紀は落ちないし、私もスティンガを宥める事だけに集中できるってこと」
「なるほど…」
説明はとても納得出来た。
正直抵抗は凄くあるけれど、仕方がない。
鷹由紀は向かい合い、抱き合う様に向きを変えると、ピッタリと抱きついた。
「おや?そう来た?」
以外そうなルルの声に鷹由紀は焦って見上げる。
「何、違うの??」
「普通は横向きに足を揃えて胴に抱きつくんだけれど……」
「えっ?!マジ……」
「うん、でもこっちの方が確かに安全、こっちの方が私も心配ないから、これで行こう!」
「えっええっ?!えええーーー!!」
ルルは鷹由紀の返答も待たずにスティンガに出発の掛け声を掛けると早々に馬を走り出してしまった。
走り出しから、とんでもなく早いスティンガは庭の白い柵を簡単に飛び越えあっという間に草原を駆け抜けた。
そのあまりの早さに、心と身体が引き離されそうになる感覚を感じた鷹由紀は知らず知らずの内にルルにしっかと抱きついていた。
ルルは鷹由紀をしっかりと守りながら、その可愛らしい姿にプルプルと震えている耳に鷹由紀が見ていないのを良い事にそっと口づけていた。