猫とダンス8
かなり走ったと思う。
感覚では1、2時間はスティンガの水飲みや休憩等は別にすると走りっぱなしだった。
草原を抜け森や街道を通り過ぎ暫く走ると大きなお城が見える。
城下町だ。
「鷹由紀、城が見えて来た、そろそろだよ」
「う、うん……」
嬉しいだろうと言わんばかりのルルの態度に、全面的に頷けなかった。
初めての乗馬での長時間利用で緊張し過ぎて全身に力が入っていたのだろう、鷹由紀の身体はガタガタのボロボロ。
お尻は何度も鞍に打ちつけられてヒリヒリと痛いし、心なしか気持ち悪い。
でも、どう考えても後少しだ。
鷹由紀は頑なに何も言わず我慢した。
馬は軽快に進み、それからほどなくして目的の街である城下町に入った。
「こんにちは」
ルルが鷹由紀を抱き乗せしたまま、衛兵に挨拶をすると顔見知りなのか衛兵が恋人かとルルをからかった。
「違うよ」
「また、お前の否定は本当かどうかわからんからなー、今度また飲もうや」
「了解ー、じゃあまたね」
片手をひらひらさせて、ルルはそのまま城門の中に入って行った。
「うわー」
城門の中に入ると、今まで人が居なかった道すがらが嘘のように人が溢れかえっている。
「耳がいっぱい…
「じゃなくて人が沢山でしょ…鷹由紀」
「あ、そうだ、ごめん」
ギロリとルルに睨まれて慌てて口を閉じた。
多少、道中人とすれ違ったが皆フードを被っていて耳が隠れていた分、今初めて鷹由紀はルル以外の猫耳人を見ているのだ。
人々は至って普通だった。
男も女も子供も大人も居る。
街はヨーロッパの街並みにそっくりで、石造りの家が立ち並び、大通りと思われる大きな通り脇には商店が立ち並んでいた。
容姿はルルが一番綺麗だ。
猫耳の人々がルル基準だったらどうしようと言う不安があったが、そうではないようだ。
ルルが鷹由紀を乗せたまま馬を歩かせていると、若い女性の視線がルル一点に集まり、その後鷹由紀へ鋭い視線をくれていた。
(ああ、これ絶対に誤解されてる気がする……視線が痛い…)
ルルは顔見知りが多いらしく、知り合いを見つけては手を振り挨拶を交わしている。
その仕草にいちいち黄色い声が上がっていた。
鷹由紀はとうとうギャラリーが恐ろしくなり、周囲を見回すのを辞め、なるべく身体を丸くしルルの身体に密着した。
(顔がばれたら何時か狙われる…)
「どうしたの?鷹由紀…」
「ちょ、早く登録しに行こう…」
「何?具合悪い?」
「……」
うん、と頷いた。
だが、それがまずかった。
「あー下手したなぁ、ごめん気が付かなかった、ちょっと待ってて」
「えっ?」
手綱を操り方向転換すると、今まで歩いていた道を戻っていく。
「ちょ、ちょっとっ!!」
「黙って、吐くよ」
すっかり気分が悪いと思い込んでいるルルは鷹由紀を抱え直すと、ある商店の前に止まった。
大きなガラス瓶が幾つも並び、色取り取りの液体が入っている。どうやらジューススタンドの様だった。恰幅の良いオヤジがルルを見て笑いかけている。
どうやら知り合いらしかった。
「おじさん、馬上からごめん、ちょっと冷たいジュース貰える?」
「何味にする?」
「スッキリする感じのやつで」
「あいよ、それじゃあ冷茶にしておきな」
冷たい氷を竹にそっくりな植物のコップになみなみ注がれると、ルルはお金と交換にそのコップを受け取ると、そのまま鷹由紀に手渡した。
「鷹由紀、ゆっくり飲んでみて、少し落ち着くと思うから」
「あ、ありがとう」
けして外に顔が見えない様に目深に頭巾を被りルルを見上げてコップを受け取る。コップは冷茶で外面まで冷えていて、喉が渇いた鷹由紀は遠慮なく口を付けた。
爽やかな風味が口に広がる。少し心が落ち着いた。
「これからゆっくり歩くからちょこちょこと飲んでおいてね」
「うん」
鷹由紀はコクリと頷いてまた冷茶を飲む。
正直助かった。
街に入ってテンションは上がったが、身体がガタガタなのは変わらず冷茶が身体に沁み渡った。それを見てルルは満足した様に頷くと気安くオヤジに礼を言った。
「サンキュー、おじさん」
「気にするな、それよりルル、どうした?そんな恰好で人なんか乗せやがって、お前のいい人か?」
興味深々の顔だ、きっとこの会話は明日には街中に広がるに違いない。
それを分っているのにも関わらずルルは軽口を叩く。
「まさかー、って言いたいけれど、そんな感じ」
「本当か?!とうとう?!!!」
「いやー、まだ分らないけれどね」
「謙遜するな、色男のお前に靡かねぇ女も男もいりゃしねぇさ、こりゃ街中の女も男もが泣くなー、色男がとうとう年貢を納めるか」
そうか、そうかと頷くオヤジに、ルルはじゃあと手を振ってその場から離れた。
店から離れ、また道の中央に戻り周囲に歩いている人が消えてから鷹由紀はルルを睨んだ。
「ちょっと、ルルいい加減な事言っちゃダメだよ」
「え?別によいと思うけれど、実際私は鷹由紀とこれから暮らすんだし」
「間違いは言ってないけれど、言葉が少な過ぎるよ」
「そうかな?曖昧の方がミステリアスでよくない?」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そうかなー?」
鷹由紀の言っている事が全く分からないと首を傾げるルルに深いため息を付いた。ルルは混雑する街を器用に馬を操りながら進んで行った。
丁度鷹由紀が冷茶を飲み終わる頃、街の北側にある大きな建物の前で止まった。
美しい女性と男性の彫刻が施され、中央には見た事も無い字が書かれている。入口が建物から突き出したように作られていて、その背後にある建物は御屋敷といった風情だ。
マリアテレジアイエローの壁は周囲の建物とは異なる様相を呈していた。
「ここだよ鷹由紀、さぁ、降りて」
ひらりと軽快に馬上からルルが降りた。
(やっと降りれるっ!!!)
鷹由紀は馬が止るのも待ち切れずに足を持ち上げ降りようとした。
が、足の股関節が長時間固定していた為か持ちあがろうにも持ちあがらない。
それどころか、腰を捻るだけで痛いし、尻がこれ以上は無理だと悲鳴を上げていた。
「ひっ!!」
あまりの痛さに身体が飛び上る。
すると、基点にしていた手がズルリと滑り、なんとスティンガから上半身から転げ落ちた。
「うわっ!」
「鷹由紀!!!!」
落ちるのと同時にルルは声を上げ、馬上から滑り落ちる鷹由紀を咄嗟に抱きとめた。
「もう……危ないよ」
「ご、ごめんなさい…」
呆けた顔をした鷹由紀にルルはメッと険しい顔をした。
鷹由紀はけして身体は小さくない。しかも体重もそれなりだ。
鷹由紀は睨んでくるルルにびくびくしながらも上目遣いで尋ねた。
「あの、腕平気?」
「もう、そんなこと気にしてるの?私の仕事は木こりだよ、鷹由紀一人の重さなんて全然平気だよ、そ、れ、よ、り、鷹由紀今まで具合だけじゃなくて身体も痛かったの我慢してたなぁ」
ギクリとした。
「べ、別に隠してた訳じゃ…」
「正直に言ってご覧、今どこが痛いの?」
鷹由紀は気まずそうに視線を反らした。
その無言の抵抗にルルは無情にも腫れあがっているであろう鷹由紀の尻をピシャリと叩く。
「ひっ!!な、なにするんだよ!!」
「ほら、痛い処あるじゃないか!」
「酷いよっ!!!」
「酷くない、早く言わないからそんなにひどい事になるんだよ、顔色も悪いから馬酔いもしただろ、なんであの時ちゃんと言わないんだよ」
尻の痛さに身体の痛さに、死にそうだ。
「だって、迷惑になるかもって思ったから」
「痛過ぎて歩けなくなる方が迷惑って思わなかったわけ?」
ぐうの音も出なかった。
鷹由紀は俯いて何も言わずにいるとルルがため息を付く。
「まぁ、今日は気が付いて上げれなかった私も悪いから、ここまでね、でもこれからはちゃんと言ってよ、スティンガと私に幾ら信頼関係があるとは言っても何か起きたら暴走するんだ、痛んだ身体じゃ私が幾ら抱きしめても変な処に力が入って怪我をしたりする事があるんだから」
「うん、わかった…ごめん」
「わかってくれればそれでいいよ、私もごめん気遣いが足りなくて」
ルルは鷹由紀の額にチュッと口づけた。
「ちょっ!!」
「文句言うの?これ以上??」
「ううう」
ルルに冷たい目で見下げられるとこれ以上逆らう事が出来ない。
「こ、これ以上はダメだよ!!そう言うのは男同士じゃありえないしっ!」
「私達の世界ではあり得るのだから、鷹由紀は慣れる必要がある」
「マジ?!」
「マジ……、だから大人しく受け入れな」
有無を言わさぬその物言いに鷹由紀は黙るしかなかった。やっと大人しくなった鷹由紀をルルは抱いたまま歩きだす。
「うわっ!それは無しっ!!」
このまま歩かれるなんて恥ずかしい。
鷹由紀は抱かれたまま暴れると、
「無しじゃない!足もどうせガクガクだろ、生まれたばっかの山羊みたいな足して、文句は聞かないよ、どうせ丸太なんかより鷹由紀の方が軽いんだから大人しくしてな」
「でも、重いし」
「重いと思うならちゃんと掴まって」
「はいっ!」
ルルにしては珍しいイラ付いた声に、鷹由紀はすぐさま頷いて抱きついた。
もう怒らせてはならない。
ルルらしくない言い様に鷹由紀の頭の中で危険信号が鳴っていた。