猫とダンス10


ルルと別れた鷹由紀は血液検査と絵姿師との簡単な謁見を終えると、リューザキの案内でサンルームの奥へと連れられた。サンルームの奥は長い廊下があり、その先に大きな扉がある。多分あそこがお茶会の場所なのだろう。廊下には所々に大きな絵画が飾られ、そこにはリューザキや綺麗な女性が描かれていた。
「この絵は…」
最近らしい絵が多い。
何枚か見てみると皆サンケだった。
「ああ、各地に散らばっているサンケの肖像画です、多分貴方の絵もきっと此処に暫く経ったら飾られるはずですよ」
「え?本当ですか何故?」
「嫌…みたいですね」
嫌だと思った気持が瞬時に顔に出てしまったらしく、それをリューザキに見つけられ苦笑いを浮かべるしかない。
でも何故掲げられるのか謎だった。
出来れば遠慮したい。だがそれを正直に伝えるのも大人げない気がしてなんとも歯の詰まった物言いしか出来なかった。
「嫌と言うか…まぁ、嫌と言ったらいやですけれど…」
「はあ、確かに、でもこの肖像画が各地のサンケ登録所で掲げられればどこに行っても私達の安全は保障されます、まぁ普通の耳付きより面倒な分、得る利益も多い私達ですから有名税だと思って下さい」
「なるほど…」
連れ去られる危険があるサンケはただの耳付きより危険だとルルも言っていたから仕方がないのかもしれない。
なんとなく納得した鷹由紀とリューザキは突き当たりにある部屋の前にいつの間にか辿りついていた。
結構遠かったな。
扉は重厚な彫刻で囲まれており、リューザキは服の内ポケットから30センチ程の鍵を取りだすと扉を開けた。
「きゃーっ!来たわ来たわ、新しいサンケちゃーん、いらっしゃーーいっ!!」
真っ白な肌にサファイアブルーのドレスを身に纏ったゴージャス美女が突然現れた。
「うわっ!!」
「ファビオラ様、駒ヶ根さんが驚かれおりますよ」
部屋に踏み入れる前にゴージャス美女に抱きつかれ、鷹由紀は驚き目を白黒させた。
(ふんにゃりとした胸の感触が……)
鷹由紀も男だ。胸の感触に思わず顔が緩んでしまう。
「駒ヶ根チャンって言うのね、久し振りのサンケちゃんよー、可愛いーー!!」
「うううっ!!」
更に抱きすくめられ豊満な胸に今度は顔を埋める形になった。
ファビオラと呼ばれた女性の身体からはなんとも甘くそして華やかな香りがする。
まずい、これはまずい。
何がって、それは生理的な下半身がだ。
鷹由紀は慌ててそから抜けだそうとするが、女性らしい外見からは想像出来ない程の力で抜け出す事が出来ない。
「ほーらー、ファビオラ様、新人さんが困ってるから離して上げれば?」
苦しんでバタバタしている鷹由紀に助け船を与えたのは、二人の慌ただしい様子を椅子に座って優雅にお茶を飲んでいた少年だった。
やっと腕が緩んで鷹由紀は胸の谷間から解放された。
まるで全速力した後の様に大きく酸素を求めて息を繰り返していると、鷹由紀を見下ろしているファビオラと目が合う。
「あーらー、だってアルバール、こんなに可愛い子なのよー、抱き締めずには居られないじゃない、ねぇっ、新人サンケちゃん」
「は、はい…」
有無を言わさぬその眼力に頷くとその様子を見ていたリューザキとアルバールは互いに苦笑いをした。
「それファビオラ様が無理やり言わせてる言葉だし、って言うかいい加減座らせて上げれば?お客様を立ちっぱなしにさせてるなんて、礼儀知らずにも程があるよ」
「あら、そうだったわごめんなさい、私ったら久し振りで嬉しくて、座って新しいサンケちゃん」
さぁさぁと片腕を取られて、あるバールと言う少年がお茶を飲んでいたテーブルセットのソファーに無理やり座らされた。
それに続く様にファビオラとリューザキが座る。
「初めてで驚かせてしまったようですね、さぁ、皆さん彼が今日から私達の仲間になった駒ヶ根鷹由紀さんです」
「こんにちは鷹由紀、仲良くしてねファビオラよ」
「アルバールだ、鷹由紀」
いきなり、呼び捨てか。
だがそれが自然に聞こえてしまうのだからこの二人は特殊な人間なのだろう。
先程まで僕を乳だけで窒息させようとしていたファビオラが華やかな笑顔を浮かべ、冷たい表情のままの少年らしきアルバールが小さく会釈をした。
「初めまして、駒ヶ根鷹由紀です、鷹由紀って呼んで下さいね」
もうすっかり「鷹由紀」と呼ばれているが、一応そう言ってみた。
こんな人達と仲良く出来るだろうか。
(なんだかお金持ちの香りがする…)
高貴そうに見える二人の人に思いもかけない出迎えに面喰いながら、なんとか笑顔を浮かべて初対面の挨拶を終えた。

一番最初に鷹由紀を出迎えてくれたのがファビオラ様。
なんと現王家の王妃様らしい。いきなりテンションが高くて焦ったが、この性格が国民に愛されているとか、真偽はわからないけれど確かに華やかで人懐っこい。
それに超絶美人だ。
昔から可愛くて有名なサンケで、下級貴族の出だけれど小さい頃に前の王妃様に見染められて今の王様と婚約したらしい。下級貴族とは言え小さな頃から王家の中に育っているから、王族のプロ中のプロなんだって。こんなにテンション高いけれど王家の仕事は真面目にやっているって言うからすごい。
もう一人の少年のサンケがアルバール・アロソン。
これまた将来有望な美少年。
目はグリーンで見つめられるとドキッとする、多分眼力が凄く強い。
無表情に近くてあまり表情筋を動かしていない様に思える。多分性格が凄くクールなんだね。
南方にある港町の大金持ちの長男らしく、年は16歳。
もう父親に六艘の船と二つの商団を与えられていて商売をしているらしく,リューザキさん曰く天才らしい。
リューザキさん含め、二人とも気さくで鷹由紀が異世界人と分ると色々と教えてくれた。
基本的に多分二人とも親切みたいで少し安心した。
ここがネイギャッツと言う国で、首都であるハブルバに今いると言う事。
今ルルと共に住んでいるのはネイギャッツの西にあるオーバルと言う土地で、死人が多く現れるこの国の心霊スポットだそうだ。
「それにしても珍しい所に住むのねー、鷹由紀は、あたくしなら御免よあの場所は」
ファビオラがオーバルに住んでいると聞くと鷹由紀を見て慄いた。アルバールもその意見には同意らしく頷いた。
「あそこは夜死人が多く出るから、ネイギャッツの子供達は悪い事をすると親からオーバルに置いていくぞって脅し文句に使われる所なんだ」
「そ、そうなんだ…」
(そうなのか…確かに半端無く怖かったです……)
鷹由紀が表情を強張らせ実は昨日見たと伝えると、先程まで無表情だったアルバールが眉をしかめる。
「引っ越したらどうだ?それくらいなら僕が出して上げるけれど?金なら心配するな、同じサンケのよしみだ、全額私が負担してやるし生活も保障するぞ」
凄く魅力的なお申し出です。
つい、うんと頷きそうになるが、ぐっとそれは堪えた。
自分にはルルが居るし、怖いけれど満月のときだけ我慢すればなんとかなる。
有難い申し出だけれど、既に大学生になっている自分が年下の男の子にお金を出して貰うと言うこの事実にも多少複雑な気分だ。
二人はよほど死人が嫌いなのだろう。
凄く心配そうな視線を向けてきていた。
この世界の人に言わせると尋常じゃない霊的スポットにもしかして住もうとしているのだろうか。
日本で言えば富士の樹海的な。
「そんなに御二人が心配する様な土地に僕は住もうとしているんですか?」
「そうよ」
「そうだ」
二人で身を乗り出す。
よっぽどお勧めでは無い土地なのだろう。
わかるけれど。
「でも……」
「でも何??何か心配があるのなら大丈夫よ、私も面倒看ちゃうわよ」
今度はファビオラが迫ってきた。
確かにあのグロテスクな風貌を思い出すとぐらぐら気持ちは揺らぐけれども、鷹由紀の脳裏にはルルの顔が浮かび上がっている。
「僕が御世話になっている方がそこに住んでいるので、頑張ります…夜出てきても悪さはしないって聞いたし…」
「あらっ、どなたかともう暮らしていらっしゃるの?」
ファビオラは途端に目を輝かせた。
「は、はい、僕まだ一昨日この世界に来たばかりなんですけれどこの世界に落ちたばかりの時に拾って下さった方と今暮らしています」
「拾い親ってやつだな」
「そうね、運命の方ね」
「ちょっとファビオラ様話が脱線するから、ロマンスにつなげるの辞めてくれます?」
アルバールがファビオラをギロリと睨みつけた。ファビオラは多分女性特有のロマンスをきっと頭の中に描いているかと思うけれど、残念。
鷹由紀は男であるルルに面倒を見て貰っているので、ロマンスも生まれない。
「あの、ご期待されているところ申し訳無いんですがその人男性なんです、ルルって名前の木こりの人で」
「あら、木こりなの?」
「そっか、そっか、だからオバールか、それなら何かあっても大丈夫だな」
二人はルルの職業を聞くと途端に安心した様になった。
先程まで引っ越せとしつこかったのに随分あっさりと引き下がる。
木こりとは鷹由紀が思っている様な木を切って生活をしている人達では無いのだろうか。
「なんで木こりなら大丈夫なんですか?」
その疑問にはアルバールが応えてくれた。
「木こりは力持ちで勇気もあるからね、万が一死人が鷹由紀を襲ったとしても護って貰えるだろ、これが相手が女性だった場合護る側は鷹由紀だから僕達二人は引っ越しを勧めていたんだ…、まぁ、死人は気持ち悪いからね本当はただそこから引き離して上げたいって気持ちもあるけれど」
「そうなんですか、なるほど、僕が守る側だったら確かに無理ですね」
護る側が鷹由紀であれば、確かに大変な事になりそうだった。
しかし護る側なら鷹由紀でさえ納得できる。
鷹由紀とルルを比べたらルルの方が十分力強い。それに元軍用馬のスティンガも攻撃したら強そうだ。
一番弱いのが鷹由紀なのは疑いようも無い事実だった。
「それにしても今回も拾い親が男性だなんて運命ねー」
「拾い親ってなんですか?」
先程アルバールも言っていたが鷹由紀は何の事なのか分らなかった。
「あら?まだ拾い親の説明は?」
ファビオラがリューザキを見る。
「まだです、此方でご説明させて頂こうと思っていたのですが…」
「ファビオラ様が騒いじゃったから出来なかったって事じゃないの?」
「あら、私の所為なの?」
ぷくっと頬を膨らませるファビオラにアルバールは肩を竦めて気が付いていなかったのかと、止めを刺す。
「まぁまぁ、今から説明させて頂ければ済む事ですから」
リューザキが剣呑な雰囲気になる一歩手前で仲裁に入り、二人に笑いかける。多分何時もこんな感じなんだろう。
(リューザキさん大変だ…)
まるで中間管理職の様なリューザキに鷹由紀は同情を禁じ得なかった。鷹由紀はリューザキの助けになるよう二人が口を挟む前に質問した。
「あ、それで拾い親とは?」
リューザキはにっこり笑って応えてくれる。
「言葉通りなのです、私達がこの世界にやって来てから面倒を見てくれる方、その方の事を拾い親と言うのですよ、鷹由紀さんにとってはルルさんがそれに当て嵌まりますね」
「なるほど、僕にとっての拾い親がルルさんなんですね」
「ええ」
「そして拾い親は貴方にとって運命の人なのよ、キャッっ!!」
「なにがですか……」
この人のテンションイマイチ付いていけないな。
急上昇するファビオラに合わせるのは周りでも無理らしく、頑張らなくてよいとアルバールが後ろで首を振っている。そんな失敬な態度のアルバールに気付く事無くファビオラは興奮し続けた。
「もう、私にそれを言わせるのー、鷹由紀ったら罪な人」
「ほらほら、ファビオラ様落ちついて下さい」
リューザキが溜まらず止めに入ってくれたが、ファビオラの興奮は止まらない様だった。
「だってだって、今思いついたんだけれど、別に拾い親が男性でもロマンスは生まれるは、これが静かにしていられると思う?!ウチの国にやっと私がお世話出来る人が現れたのよ、鷹由紀?これから色々壁に当たるかもしれないけれど、このファビオラはずっと鷹由紀の味方よ、何かあったら是非相談してね」
「は、はい……」
何を相談するのだろうか。
ファビオラに相談する方が心配な様な気もするが、勢いに負けてはいと頷いてしまうと、アルバールからからかいの言葉が掛けられた。
「私のサロンの話題にするから〜ですか?」
(なにっ?!)
ハッと我に返ると、目の前のファビオラが今までの美しい頬笑みとは真逆の般若の様な顔であるバールを睨みつけている。
ファビオラは美人なであるが故、顔を歪めると目が覚めるほど恐ろしい面になる。
鷹由紀が驚きで身体を硬直させていると、ファビオラはアルバールに向かって悪態をついた。
「アルバールの意地悪っ!!余計な事はお口チャックって言ったでしょっ!」
「意地悪なモノですか!私の初恋を面白おかしい馬鹿話にした巨乳女にそんなこと言われたくありません」
迫力満点のファビオラの顔に負けず、アルバールは罵った。
御気の毒だ。
そんな事をされたら鷹由紀は立ちなおる自信は無い。ファビオラに相談するのはどんな窮地に立たされても止めようと心に誓う。
「なんですって!!!」
「そのままですよ」
「かわいくなーいっ!!」
その言葉を皮きりにファビオラとアルバールは立ち上がった。
アルバールは座っていた席を立ち上がり、鷹由紀の背中に覆いかぶさった。
鷹由紀にくっ付いて入れば隣に居るファビオラとて手出し出来ない。
ふふっと小悪魔の様な頬笑みをファビオラに向けると、二人に挟まれて困り顔の鷹由紀にごめんねと告げた。
「何か困ったら家にお出で、サンケだったら無条件に助ける様に支店の人間達にもいい含めておくから、何かあったらアルバールに連絡を、ちゃんと覚えておいてよ鷹由紀」
「お別れの口づけ」だとチュッと頬に口づけた。
「ちょっと!あたくしもまだキスしてないのよ!!ずるいーっ!」
「キスも若者からの方が鷹由紀も嬉しいですよ、それじゃっ僕はこの辺りにて失礼、また来月のサンケ会で〜」
ファビオラが我慢ならぬと鷹由紀とアルバールを引き離そうとすると、間一髪アルバールは逃れ扉まで駆けて行ってしまった。
「ちょっ!待ちなさい!!アルバールっ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいませんよ〜」
「こらっ!!!」
「早っ!」
思わず鷹由紀が口に出してしまう。
ファビオラが高いヒールであるにも関わらず凄い勢いで追いかけ始めると、アルバールは素早く扉を開けこの部屋から逃げ出してしまった。
「逃さないわよっ!!」
ファビオラは怒り収まらず、そのまま追いかけて部屋を出て行ってしまった。
部屋にはソファーに座っていた、鷹由紀とリューザキだけが残される。
「な、なんだか……」
「すごい賑やかだったでしょ」
嵐の様に去って行った二人に驚いている鷹由紀と慣れっこの様なリューザキは互いの顔を見合わせると、自然と笑い声が上がった。




※サンケ……三毛猫柄の事