猫とダンス11

「驚いたでしょ何時もこんな感じなんです」
「はぁ……なんだか仲の良い兄弟って感じですね」
毒気を抜かれた様に出て行った扉をまだ見つめている鷹由紀に、リューザキは暖かいお茶を勧める。
「ええ、ファビオラ様はあー見えて姉御肌でいらっしゃるので、アルバール様の事は可愛くて仕方がないみたいですよ、取敢えず今日御集りになっていた方々がこの辺りに住んでいるサンケ様方です、これ以外にもいらっしゃいますが、極端に住む場所が遠かったり、違うサンケ登録所に御集りになっていたりしますが、この世界でサンケは彼らと私貴方を含め現在8人確認され、それぞれの場所で生活を送られています」
「8人ですか…本当に少ないんですね」
「ええ、希少種ですから、だから保護されるんです」
「なるほど」
8人しか居ないのか。
思っていたよりも少ない数に驚く。
「本来ならもう少し実のあるお話がしたかったんですが、バタバタで何もお話が出来ず申し訳ござません」
「いいえ、何もではないです、あのでも拾い親の話とかすごく参考になりました」
オバールの話は余計だったけれどね。
「ああ、それはお話出来ましたよね」
「はいそれを知っただけでも良かったです」
「拾い親は異世界人の私達にとっては騎士(ナイト)の様なもの、鷹由紀の騎士は少し嫉妬深い様ですが心優しく素敵な人ですね、彼が拾い親でラッキーだと思います、鷹由紀は彼にずっとお世話になる事になるんですね」
言外にルルの事を言われ、鷹由紀は首を振った。
ずっとお世話になるのには気が引ける、自分もリューザキの様に自立したいと考えていると伝えるとリューザキは笑った。
「私……ですか?ああ、そうでしたか言っていませんでしたよね、私ですが自立はしておりませんよ」
「え?」
「あちらですと男が自立しないのは恥ずかしい事かも知れませんが、こちらではそんな事はないんです、私はこの世界に来てから今もずっと拾い親の下で暮らしています」
意外なその言葉に驚く。
リューザキは大人としての貫禄もあり、拾い親と共に現在暮らしているとは思わなかった。
「なんだか以外です、リューザキさんは大人でしっかりしていらっしゃるから」
「家庭を持っている様に見えましたか?」
「……ええ」
「ふふ、本当は自立する生活力もあるのでしなくてはならないのでしょうね、ですがどうも拾い親の家が居心地がよくて」
「そうなんですか……?」
「ええ、拾い親に恵まれていた様で大事にして下さるので」
「あの、リューザキさんの拾い親と言う方は……」
「ああ、今ここに居るので折角ですからご紹介致しましょう、彼です」
さぁ此方へとリューザキが手を挙げると、先程から部屋の隅に控えていた灰色耳の執事の男性が歩いて来た。
「あれ?さっきからお世話になっている執事さん」
「ああ、言いえて妙ですね、確かに執事だ、彼もここサンケ登録所の職員で私の拾い親であるヴェネディクトです」
ヴェネディクトは鷹由紀に深々と頭を下げると、リューザキの手の差し出された手を取った。そして、二人は視線を絡ませ、リューザキは重ねられた手にそっと口づけた。
「…?!」
「彼が私の拾い親でありパートナーなんです」
「えっと…、その……あの」
なかなか上手い言葉が出てこない。
目の前の濃厚な性的関係を予感させる行為に戸惑った。
「……パートナー……ですかそれは、えっと……伴侶とか夫婦的な…」
「ええ、その通りです、私達は夫婦的な間柄と言えます」
控えめに尋ねて来た鷹由紀に、リューザキはゆっくりと視線を反らさず驚くべき告白をした。
「ひ、拾い親と異世界人は必ずそう言うパートナーになんなきゃいけないとか?!」
「まさか、そんな無茶苦茶な事はありませんよ、勿論私達と同じ様にパートナーになっていらっしゃる方も多いですが、ずっと友達関係を保って暮らしていらっしゃる異世界人の方も沢山います、私は偶々ヴェネディクトとそう言う関係になりましたが…貴方とルルさんが拾い親の関係だからと言って心が伴わないようでしたら解消も出来ますし、貴方が望めば私達の様な関係も築けるのです」
「はぁ……な、なるほど…」
よかった強制的な決まりごとじゃなくて。
鷹由紀は胸を撫で下ろした。
でも、驚きだ。
目の前の英国紳士の様にビシッとして大人って感じのリューザキさんが目の前の執事みたいなヴェネディクトさんと夫婦なんて。
思わず目が釘付けになってしまう。
「じっと見ないで下さい、別に駒ヶ根君とそれほど人としての構造は変わりませんよ」
「あっ!スミマセン」
不躾な視線に直ぐに気が付かれ苦笑いされてしまった。
鷹由紀は慌てて視線を外すが、リューザキからは重い溜息が洩れた。
「やはり、奇異にみえますよね…混乱している時期なのに、貴方を更に混乱させてしまった様で……話すべきでは無かったでしょうか…」
(やばい、目の前のリューザキさんが落ち込んでしまった)
伏せ目がちになってしまい、耳が若干下を向いてしまっている。後ろに居るヴェネディクトも辛そうな表情を浮かべていた。
「あ、あのあのですね、べ、別に気にしないで下さい、僕この世界に来て色々な事があり過ぎて、確かにリューザキさんの告白は驚いたし、じっと見ちゃって失礼しました、でも悪い意味じゃなくって……あのこれも失礼に当たると思うんですけれど、僕親しくなりたいって思った人にゲイの人て初めてで、TVの中だけじゃないって改めて実感って言うか……あの上手く言え無いんですけれど、悪意とかじゃないんです、リューザキさん傷つけちゃったらごめんなさい、それにルルさんと僕がどうにかなるなんてあんまり考えた事は無いんですが……恋愛って動きだしちゃうと色々関係無くなっちゃいますよね!僕そう思います!!」
最後は自分でも訳が分らなかったが、力説だった。
鷹由紀も心当たりが無いわけではなかった。
ルルと一緒に居るとどうも依存してしまう。
甘やかされている事に慣れていない自分が、実際に甘やかされてしまうとこんなにも子供になってしまうのかと日々どころか時間ごとに驚いているのだ。
これが何時恋愛になってもおかしくないと指摘されてしまえば、そうかもしれないと今なら頷ける。
いや、絶対に男に抱かれるのは現時点では嫌だけれど。
それに良く考えたら、リューザキはこの世界に30年前にやってきていたと言っていた。
30年前の日本の常識だと自分がゲイだとカミングアウトするなんて事はとんでもない事だ。幾ら此方の常識に染まったとしても、リューザキさんは自分が元いた世界の常識も覚えているはず。
であるならば今の状態を鷹由紀に話をする事はとても勇気のいる事だと思った。
そう考えるとカミングアウトしてくれたリューザキの気持ちが嬉しいし、好人物に映った。
「だからリューザキさんは拾い親さんとラブラブでいいって事です」
いいって、なんだ僕の許可が必要なのかって言い方に、我ながらがっかりする結論付けだ。
だが、そんなめちゃくちゃな論法でもリューザキの後ろに居たヴェネディクトは好意的に受け取ってくれたらしい、小さく「ありがとうございます」と鷹由紀に頭を下げると、リューザキの肩を叩いた。
「………優しい人がこの世界に来て下さった事に感謝しないといけませんね」
「はい」
(いいえ、とんでもないです)
にこやかにほほ笑んでくれたリューザキにホッと胸をひと撫でした鷹由紀は、やっと目の前に用意されていたお茶を飲む気になった。
すっかり冷えてしまったお茶だったか、喉が渇いていたのか一気に飲む事が出来て丁度良かった。
その後暫く世間話やこの街の事について語り合った。
本当にリューザキとヴェネディクトは仲が良いらしく、リューザキに対するヴェネディクトのさり気無い優しさだとか、リューザキがヴェネディクトに対する信頼を見ていると、男同士でもいいかなーと思ってさえ来る。
しっかり信頼し合っているその姿は、親に関心を持って貰えず育った鷹由紀にとっては理想像に思えた。
(ルルさんと自分も何れはこうなるのだろうか)
ふとそんな考えに囚われるが、やはり男同士と言うのは考えられないと言うのが本当だ。
(でも、あの綺麗な目で見られちゃうとなんか弱いんだよねー)
気持ちとは裏腹になっている自分の今までの行動に説得力が無いと気が付いて、一人落ち込んでいた鷹由紀の耳に扉がノックされる音が聞こえた。
和やかだった話し合いは中断され「はい」とリューザキが返事をすると、先程カウンターに居た白耳金髪美女が現れる。
「どうしましたか?」
「ルル様がお戻りになっております、鷹由紀様をお迎えにいらっしゃったと…」
「おや、もうそんな時間??」
リューザキが手元にある時計を見ると結構な時間が経っていた。
「オーバルに帰るのなら確かにそろそろですね…ああ私達が引き止めてしまったから観光等出来ませんでしたよね、スミマセン」
「いいえ、とても有意義でした、こんな機会がなければ他の耳付きの方々と話す機会もなかったと思いますから」
確かに観光が出来なかったのは残念だったが、きっとねだればルルはまた連れて来てくれるだろう。昨日から見ているとフットワークが軽い様に見えるし、商店街の人達も知り合いだったようなので意外と頻繁にルルは来ているのかもしれない。
「それならよかった……あっ、そうだこれを受け取って」
そう言って差し出されたのは一枚のカードだった。
良く見ると、何か文字が書いてある。
「何かあったら王都のこの住所を頼って来て下さい、私の家の住所だから、多分文字はまだ読めないよね、これさえ出してくれたら誰かがこの住所まで連れて来てくれるから」
「ありがとうございます…あ、あのでも」
夫婦の家に突然行ってもいいのだろうか。
言いにくそうにもごもごしていると、リューザキは二人の邪魔になるのではないかと危惧している鷹由紀の心内が分った様だった。
気にしないでと微笑むと、
「二人で住んでいるけれど、異世界人の来訪は本当に大歓迎なんだ、だから本当に遠慮しないで来るんだよ、何時でも待ってるからね」
暖かいリューザキの頬笑みには建前等見受けられなかった。
心底鷹由紀が心配らしく、何かあったら飛んで来てくれそうな雰囲気さえあった。
鷹由紀は素直に頷いた。
「はい、それじゃあ何かあったら遠慮なく御伺いします」
「それでよろしい」
ヴェネディクトも嬉しそうに頷くのを見て、本当に迷惑では無い事が分った。
何かあった時に逃れる場所があると言うのは有難い。
鷹由紀は貰ったカードを大切に服のポケットにしまい、立ち上がった。
「それじゃあ、僕は失礼します、ルルさんが待っているんで」
「うん、それじゃあね、道中気を付けて」
「はい、今日はありがとうございました」
立ちあがって見送ってくれるリューザキとヴェネディクトにペコリと頭を下げると、鷹由紀は部屋を出て行った。
仲の良い二人を見ていたら、なんだか無性にルルに会いたくなった。


※サンケ……三毛猫柄の事