猫とダンス12

「ごめん、待たせた?」
「全然だよ、もういいの?」
ルルはサンルームで待っていてくれた。鷹由紀が姿を現すと笑顔で出迎えてくれる。
「今日は解散だって」
「結構早かったね、どうだった?」
「うーん、なんかどたばたしてたけれど楽しかったよ」
「そっか、ならよかった」
ソファーには座らずに、サンルームの外を硝子に寄り掛かって外を見ていたようだった。
よっと掛け声を出して寄り掛かっていた硝子から離れると、ルルは鷹由紀に手を差し伸ばした。
「それじゃ、帰ろう」
「うん」
その差し出した手があまりにも自然だったので、思わず手を伸ばして手を絡ませてしまう。
しっかりと握られるルルと鷹由紀の手。
全く自分に戸惑いがあるのにどうしてルルの手を取ってしまうのだろうか。
自分でも不思議だったが、ルルの笑顔を見るとそんな疑問を持っている事自体つまらない事だと感じてしまう。
「おっ、今日は素直」
「煩いな…ルルさんが可哀想だったからです」
からかう様なその言葉に、ツンと横を向いて反抗するが、実は恥ずかしいだけだ。
今だって自分からギュッと手を握ってしまっているのだから、まったくもって素直じゃない。
そう言えばこの前は誰と手を繋いだだろう。
彼女とさえあまり長い時間手を繋いだ記憶の無い鷹由紀は、ふと幼い頃を振り返ってみるが、その時の記憶でさえあやふやだった。記憶が霞むほど小さい頃なのかもしれない。
具体的な思い出が無い気がした。
だからこそ、自分を守ってくれる様な大きな手に包まれると、弱い。
ルルが与えてくれる物は絶対に大丈夫。
ひよこのインプリンティングではないが、それに似たようなものなのだろうか。
与えられるだけ受け入れて、悪態を付きながら安心している。
(どうせこの世界では生まれたての赤ん坊みたいなんだから、本当はプライドとか全部取っ払っちゃったら楽なんだろうけれど…)
素直になりきれない自分に苦笑いしか浮かばない。
鷹由紀は複雑な心情を抱えながらルルと肩を並べてサンケ登録所を出て行った。
鷹由紀は知らなかった。
自分がルルと手を繋いだ時に幸せそうな頬笑みを浮かべ見上げていた事を、視線がかち合わない時、ルルが蕩けそうな視線で鷹由紀を見つめていた事を。
外に出ると二人は理想のカップルに見え、周囲は暖かな視線で見守っている事を。
鷹由紀だけが知らなかった。
外に出るとサンケ登録所の静かな空間とは一遍、人の往来の激しいにぎわいのある通りに出る。
鷹由紀は改めてこの周囲を物珍しそうに見渡していた。
「どこか寄りたい所はある?」
ルルは鷹由紀を覗き込む。鷹由紀はチラリとスティンガを確認した。
スティンガは大人しく車止めに繋がれて、飼葉を旨そうに食んでいる。しかしその身体には既にルルが買い物したのだろう、大きな荷物が括りつけられていた。
「うーん、じゃあ少しだけ見てもいい?」
「勿論、どこを見たい」
「この周りでいいよ」
「そう、贅沢言わないんだね」
「だってまた連れて来てくれるでしょ?」
鷹由紀がそう言うとルルは破笑いをした。
嬉しそうに頷いて。
「勿論だよ」
じゃあ、と言って連れて行ってくれたのはサンケ登録所前に出ていた露店だった。
登録所の前にはサンケ目的でこの登録所に見学しに来る人がいるらしく、サンケであるファビオラ様の肖像画や、サンケ変身セットなる毛染めセット等が売られていた。
土産物屋はどこの世界でも冷やかしながら見ているのが一番楽しい。
鷹由紀は楽しそうに色々な商品を手にとっては楽しそうに笑っていた。
「何か欲しい物はあった?」
ルルが鷹由紀に尋ねるが、鷹由紀は首を振った。
「いらない、だってまだ昨日のお土産も全部見せて貰ってないし、僕が欲しい物、重なっちゃうかもしれないでしょ、だから今日は見るだけにするよ」
「そっか、じゃあショッピングは次の機会だね、あ、でもファビオラ様の絵画とかは買ってないよ、もし鷹由紀が欲しかったら…」
「確かにちょっと欲しいかもだけど、なんかサンケ会にこれ買ったって知られたら、ファビオラ様から凄く大きい絵を送られそうだから止めとく…」
「王妃様とお会いしたの?」
「うん、ファビオラ様もサンケだからサンケ会には毎回顔を出しているっぽかったよ」
「へー、なんだかサンケ会ってすごいね、王妃様なんて遠いバルコニーからしか見た事無いよ」
「今度会う?」
鷹由紀が気を利かせたつもりで尋ねると、ルルは首を振った。
「いい、なんだか綺麗なままでいて欲しい気がするから」
「??…ルルのファビオラ様のイメージって」
「綺麗で上品でちょっと無邪気な王妃様」
「……あー、なるほどね、じゃあ会わない方がいいかも」
ちょっとどころじゃない無邪気さを持っているファビオラを思い出して苦笑いを浮かべ、美しいファビオラの立ち姿が描かれていた肖像画を元の場所に戻した。
そしてルルへ振り返る。
「今日はいいや、もう帰ろう」
「へ?いいの」
「うん、帰る前にもう一回さっき飲んだお茶買って、あれ飲んで帰る」
「疲れた?」
「うーん、本当は色々回りたいけれどもっと準備万端ですって時に回りたい」
「了解、それじゃ、ジュース買って帰ろうね」
しっかりと手を繋いだまま、歩きだす二人はそのまま先程のジューススタンドでお茶を購入するとスティンガに乗り家路へと向かった。
鷹由紀はスティンガに跨ると、また緊張してガチガチになってしまったが、手に飲み物を持っていたのでルルはゆっくりとスティンガを歩かせた。帰りはゆっくりでよい。終始ポカポカ平和的な蹄の音を立てながら時間を掛けてゆっくりと家に戻って行った。
のんびり風景を見ながらの帰宅は思いのほか楽しくて、実はこの城下町までほぼ一本道で繋がっている事も分った。
歩いて帰ろうとすれば相当の時間が掛かりそうだったが、ルルが言うには辻馬車等も城下町付近になると走っており、一日仕事にはなるが歩いてあの街に行くのも可能だと言う事が分った。
(慣れたら一人で行こうかな)
鷹由紀の楽しみがまた一つ増えたようだった。
時間を掛けて漸く自宅に戻ると日は傾きかけ、鷹由紀もいつの間にかルルの前で居眠りをしている。コクリコクリと船を漕ぎ、持っていたジュースのカップもいつの間にかにどこかに落としてしまった様だった。よほど疲れたのだろうか、スティンガの嘶きにも反応せず気持ちよさそうにくうくうと眠っている。
「鷹由紀着いたよ?」
家に辿り着き、鷹由紀を起こそうとしても全く目を覚ます気配が無かった。
身体は暖かく熟睡しているようだ。
「全くしょうがないな…」
ルルは苦笑いすると、鷹由紀を起こす事を諦め自ら抱いて家に入った。
本当なら今日は豪華なディナーを作って耳が生えたお祝いとサンケ登録のお祝いをしようと考え今日も沢山の食材を仕入れていた。
「折角腕を振るおうと思っていたけれど…主役がこれじゃぁ、諦めるしかないか」
ベッドにそのまま鷹由紀の身体を転がせると、気持ちよさそうな顔で眠っているのだ。
これを起こせるはずがない。
「たーかーゆーきー覚えてろよー」
明日の晩はこき使ってやると悪魔の様な事を言いながらルルは笑った。
「まぁ疲れるよね、初めてだらけで全く慣れない環境だもん…」
もう今日はこのまま寝かせてしまおう。
着ていた外套やブーツなどを脱がせてやり、腹周りや胸元を寛げて、布団の中に身体を入れてやると、ルルは一人食卓で質素な食事を取り、夜は静かに一人眠った。