猫とダンス13

翌日
「なに……これ……??」
ベッドの上でぼさぼさ頭の鷹由紀は、茫然と座り込みベッドの下を見つめていた。
朝起きて床に足を降ろそうと思った時に何かを踏みつけた。
なんだと思い下を見ると、床の上には包み紙や服がこんもりと盛られる様に置かれていた。
昨日履いていたブーツの色違い数種と皮製のサンダル、ふわふわの毛で作られた帽子や皮の手袋。それに何かが入っているだろう大きな包み紙の中には鷹由紀専用と思われるクッションとマフラー。普段使い用のポシェット型とトート型のバック。数本のベルトに実用性を重視したと思われる小刀と小さな何かが入れられている箱。
それに本が何冊かと文字の書きとり帳。とお菓子の数々。
まるでクリスマスの日にツリーの下に集められるプレゼントの山の様だった。
「見たぁ?」
声のする方を見るとキッチンでルルは朝ご飯を作っているようだった。竈の火が勢いよく燃え、鉄板の上に置かれている鍋からは甘い匂いが漂っている。
「見た……って!!どうしたの??これ?!まさかこれが全部御土産??」
「そうだよ、なきゃ困るって物を買ってたら買い過ぎちゃったみたい、服も一着じゃ足りないしで色々買ってたらあっという間にそんな数になっちゃってさー」
「えっ?!っちょっと買い過ぎって、買い物してた途中で気が付くでしょこの量なんだから!、こんなにしてもらったら困るよー」
本気で焦った。
ルルは呑気に言っているが床の品物は鷹由紀一人では抱えきれないほどの量だ。買うのも大変だし、お金も相当掛かった様に思える。
「誰が困るの?」
「僕が」
「それじゃあ別に誰も困って無いじゃん」
「だから、僕が困るって」
頑張って言い募る鷹由紀に、今まで背を向けて何かを作っていたルルは「もうっ!」と声を荒げて振り返った。鷹由紀をじっと睨みつけ、手に持っていたオタマを鷹由紀に向けた。
「鷹由紀が困るだけなら、人に迷惑かけてる訳でもないんだし、それに全部必需品だよ、遠慮せずに受け取って」
「でも……」
このまま受け取ってしまったら鷹由紀が危惧している「ニート」や「ヒモ」状態になってしまう。鷹由紀が危惧していた現実へとどんどん近付いていく。
このままだとルルに養われてしまう。
だが、そんな心配を抱えている鷹由紀の顔は難しく歪んでいて、苦しそうだ。
そんな鷹由紀を見てルルは肩をすくませた。
「もう、なら将来昨日のサンケさんみたいに働く様になったら返してくれればいいよ」
ため息交じりに言った言葉に、鷹由紀は首を振る。
昨日のサンケさんとはリューザキの事だ。
あーなるには非常に時間が掛かる様に思えるし、ちょっとあーなるのは無理だと思っていた。紳士然とした落ちついた姿、どう考えても無理だ。
「リューザキさんみたいになるのは無理だと思う」
「なれなかったら、なれないでいいよ、何れ道が見えてくると時があるから、その時に返してくれればいい、それに元々お返しが欲しくて買ったんじゃないんだから、もうつべこべ言わずに受け取りなさい!それに分ってる?もう返品も出来ないから鷹由紀が拒絶すれば、それ捨てる事になるんだけれど…」
「え…?あ、そっか…」
商品を見渡すと、本当にこれから必要な物ばかりで、無駄な物と言ったらお菓子くらいだ。
「納得した?」
「う、うん」
「じゃあ、余計な事を考えるのも、もう禁止!」
オタマで鉄板を叩かれ、身体がビクリと竦んだ。
「もう、吃驚するでしょーー」
「私の方が吃驚したよ、要らない的な発言」
ムスッとした顔で睨みつけられると、鷹由紀は何も言えず身の置き所が無い。
「ご、ごめ……」
「そう言う言葉じゃないのが聞きたいんだけれど…ほら他にあるでしょ」
あっと気が付いた。そうだ言わなくてはいけない言葉がある。
鷹由紀はベッドから降りると、ルルに向かって頭を下げた。
「あ、……ありがと御座います」
「良く言えました」
ルルは破顔をした。
「……えっとごめんね……こんな事も言うの遅くて」
「いいよ、もう貰ってくれるんだし、此方こそありがとう、鷹由紀にプレゼント出来て私も嬉しいよ」
「……なんかずるいな…」
「え?なぁに?」
鷹由紀の小さな呟きはルルには届いていないようだった。
小さな事に囚われ過ぎてルルの純粋な好意を断ろうとしていた自分が恥ずかしかった。
気持ちの切り替えも直ぐに出来て、ルルと自分の違いを感じてしまう。
先程まで嫌だと駄々を捏ねていた人間にこんなに直ぐに「貰ってくれてありがとう」と言えるだろうか。
普通ならむかつくはずなのに、人間の器の大きさの違いを感じた。
「どうしたの、急に黙って??」
「えっ?あっ、なんでもないよ」
知らない内に無口になってしまっていたらしい。鷹由紀はルルの言葉に反応して愛想笑いを浮かべ誤魔化した。
まさか、ルルと自分の人間の格に気が付いて落ち込み、このままニート一直線で落ち込んでいますとは口が裂けても言えない。
「本当?大丈夫?」
「う、うんっ!」
疑わしいげな視線を向けてくるルルの疑惑を振り払う様に、少し過剰に元気にふるまった。ちょっとスキップ交じりにテーブルへと向かい、朝食準備のルルの手元を覗き込む。
「それよりお腹減っちゃった、今日の朝ご飯は?」
「お腹すいてて元気なかったの?」
「うーん、そうみたい」
そうじゃないけれど。
鷹由紀はにっこりと笑いかけると、ルルは一つ溜息を付いた。
「まぁ、いいけれど」
「もう、あんまり気にしないで!それより、ご飯は〜?」
「昨日食べなかったからお腹空いたでしょ、だからちょっと朝は豪華にしたよ、歯磨いておいで、歯ブラシと歯磨き粉は床のプレゼントの中にあるから、準備しておくから一緒に食べよう」
「わかったー!」
鷹由紀はこれ以上触れられたくなくて、床にある歯磨きセットを手に持つと飛ぶように部屋から出ていった。
勿論お腹が空いているのもある。
昨日何も食べずに寝たからお腹はぺこぺこだ。
鷹由紀は外の井戸で水を汲み、歯ブラシで急いで歯を磨いた。
歯磨き粉は粉でシンプルな陶器に入っていた。それを歯ブラシに付けてゴシゴシすると若干泡が出る。味も爽快なミントに似ていて安心して歯磨きが出来る事を喜んだ。
手早く顔も洗い、鷹由紀は部屋に戻るとテーブルには既に朝食が用意されていた。
先程ルルが言った様に今日の食事は豪華だ。
鳥っぽい肉が野菜とサンドされたパンと、黄色い卵料理、それに果物に一昨日のスープの残りだ。小さな瓶には甘いジャムがたっぷりと入っている。
「いただきます」
行儀よく手を合わせて鷹由紀が食べ始めるのを見てからルルも手を付け始めた。
今朝は取分け会話も無く静かに食事が進む。
カトラリーの音のみが響く中、ルルがアッと言う間に食事を平らげてしまった。
パンなど一口だ。
鷹由紀が食べ終わるのも待つことなく立ち上がり、忙しそうに動き回り始めていた。
「今日も…何かあるの??」
何時も鷹由紀が食べ終わるまで座っていてくれる、ルルなので一体どうしたのかと尋ねる。
「流石に今日は働かなくちゃって思ってね、昨日木材の受注を受けたから日の低い内に切りに行こうと思っ…」
「行くっ!」
鷹由紀は挙手して立ち上がった。
「面白くないよ?」
「だって木こりでしょ」
「うん、木を切るのが職業だけど…」
「見たいっ!!」
気色ばんで大声を出したら口から朝食の中身が思わず出てしまう。
「鷹由紀、汚い…」
「ご、ごめん」
慌てて口の周りを拭き、吹き出してしまった物を片付ける。
「まったくちゃんとしてよ、それにしても鷹由紀は面白い子だね、木を切るだけだから本当に何にも無い事だし、仕事中は危ないから構えないよ」
「いい!それでもっ!」
「なんでそんなに必死かなー?」
「だって木こりって見た事無いし、木を切るのだって生で見たい!」
木を切るシーンは国営テレビ等で見るだけで生で見た事は無い。
是非この機会に自分の目で見てみたい。
自分達の世界では既にチェーンソー等を使って切るのが主流らしいが、きっとこの世界にはそういった類の物が無いだろうから、多分斧か何かで木を切るのだろう。
自らの力だけで木を倒すその瞬間はきっとエキサイティングに違いない。
鷹由紀は目をキラキラと輝かせてルルを見るとね、「ねっ、いいでしょ」と何度もお願いをした。
何度もダメだと首を振っていたルルだったが、鷹由紀のお願い視線に根負けしたのか、突然頬を突き出した。
「それじゃあ、ここにキスしてくれたら良いよ、連れて行って上げる」
「うっ!!」
出来ないでしょと、意地悪な顔をしているルルを鷹由紀は睨みつけた。
なんて卑怯なんだ。
出来ないと見込んで言ってくるルルがむかついたが、これだけで引く訳にはいかない。
どうせ留守番になったら暇なのだし、是非ここは付いていきたいのだ。
「い、嫌だと言ったら」
挑むように言うと、ルルはにやりと笑った。
「連れて行かない」
「…うう」
キスはしたくない。
でも、行きたい。
手は繋げるけれど、キスとなると話は別だった。
男同士でキス。
気持ち悪い、気持ち悪い、でも木こり……。
「迷っているくらいなら諦めればー」
その挑む様な言葉に鷹由紀の負けん気に火が付いた。
一時の苦しみを我慢すれば楽しい事が待ち受けているはずだ。
そう世の中は悪い事があって良い事がある、ハーフ&ハーフなのだから、ここは悪い事である出来事を甘んじて受け入れなくてはならないのだ。
そう一時の気持ち悪さより楽しみだ。
鷹由紀は覚悟を決めると、息を止めてええいっと目を瞑った。
「僕だって男だっ!!」
全く持って男らしくない態度で、鷹由紀はテーブル越しのルルの頬にちゅっと口づけた。
勢いだけで色っぽさも雰囲気も全くない、まるで事故の様な口づけだった。だが、その効力は大きくて口づけられたルルは一瞬動きを止めて酷く驚いた。
「まさか…するなんて、ね……」
「ちゃ、ちゃんとしたから連れて行ってよ!!」
唇を袖で拭いながら、真っ赤な顔で怒っている鷹由紀にルルは負けた。
負けるしかないだろう。
ルルは笑い、そして鷹由紀の頭をぐりぐりと撫でた。
「よーし、それじゃ連れて行っちゃおうかなーぁー」
「僕のキスを上げたんだから、VIPでねっ!」
「はいはい」
鷹由紀の我儘も可愛らしく聞こえて、ルルは続けて笑ってしまう。口づけられた部分をそっと手で押さえ満足そうに頬笑みを浮かべ続けていた。
その姿を見て鷹由紀が、どこかのセクハラ親父を連想したのは仕方の無い事なのかもしれない。