猫とダンス21

ヴェネディクトの思わせぶりな言葉に胸のつかえを感じながら帰宅すると、早々に鷹由紀はベッドに入ってしまった。
お腹は一杯だし、今日は疲れた。
「僕がルルさんに恋をしているか……」
そう思いながらもルルを思うこの気持ちをではなんといえばいいのか、分らなかった。
徐々に日は落ち、とっぷりと暮れる頃になると控えめなノックがした。
「はい」
よろよろと起き上がりドアを開けると外にはお仕着せを着た使用人の姿があった。
どうかしたのかと尋ねると、ヴェネディクトとリューザキが仕事で遅くなるとの事だった。
この屋敷に来て初めての事だが、二人とも重要なポストに居る訳だから仕事が同時に遅くなる事も多いのだろう。
今日は一人で食事を取ると言う事だったので、早めに食堂へ行って良いかと尋ねると使用人は笑顔で頷いてくれたので、そのまま一緒に一階へ降りた。
何時もと変わらない旨い食事を食べていると、外に出る際いつも護衛で付いて来てくれる使用人が二人の変わりに何かと話しかけてくれる。
食の合間絶妙な間合いで話しかけてくるのだから、何時もより会話が弾んでいた。
そんな時、
「そう言えば鷹由紀様本日星降り期で有る事はご存知ですか?」
「星降り期?」
何の事だろうと首を傾げると、使用人全員がパッと明るく笑う。
「やはりご存じないのですね、良かったそれでは是非ご覧になってみて下さい、この時期、夜空にある天空の星星が輝きながら落ちてくるんです」
「流れ星って事?」
「星が流れるだけではないんです、煌めく星屑が流れ星と共に地上に落ちてくる特別な時期なんです、空から流れ星だけでなく、光った星屑が落ちてくるんですよ。それらを恋しい女がいる男達は夜通し集め、次の日に好きな人に渡すんです、貴女の伴侶になりたいですと言う願いや、今後も私を愛して下さいと願いを込めてね」
「うわー素敵ですね」
「なかなかロマンチックでしょ」
「ええ、でも……星屑って…どうやって??やっぱり石なんですか?」
「鷹由紀様の世界では石だったんですね、私達の世界では氷の様な物です、ちょっと柔らかくてフワフワしています、それを水に溶かして飲むんですよ」
「飲む?!」
「ええ、ほの甘くて不思議な味です、少し発泡するのも特徴ですね」
星屑を溶かすと炭酸水が出来ると言う事か。
信じられない。
星屑と言えば普通は隕石しか思いつかないのだが、この世界では飲用出来る物になっているなんて。
宇宙には確か放射能等も沢山あると聞いた事がある、本当に口にしても大丈夫なのだろうか?
「危なくないんですか?」
「勿論大丈夫です、この国ではずっとその習慣を行っていますから、星屑を食べ過ぎて身体をおかしくした者等聞いた事がありません」
「そ、そうなんですか」
やはり異世界なのだ。
なんとなく納得してしまった。
星屑を飲むなんてお伽噺さながらだ。だが、猫耳が生え、夜死人が出るこの世界なら何もおかしい話しでは無いのかもしれない。
それに本当の話なれば是非経験しなくてはならない。
星屑を食べる。
そんな経験自分達の世界では絶対に出来ない事なのだから。
「それって、どの辺を見ればいいんですか?」
「このお屋敷からでしたら丁度屋根の上がよろしゅう御座いましょう、人が寝ころべる場所があるんです、ご覧になりますか?」
「はい、興味があります」
「良かった、是非美しいので見て頂きたいと思っておりました、それでは後ほど毛布や暖かいお飲み物等ご用意致しますね」
ドキドキして来た。
屋根等に生まれてこの方登った事等一度も無いのだ。
星屑と屋根、まるでムーミン谷の世界だ。元の世界に戻って自慢出来ないのが残念だが、是非出来れば拾って溶かして飲んでみたい。
「星屑はどうやって集めればいいですか?」
「星屑はそこら中に落ちてきますからそれを拾えばいいんです、星屑集め用の瓶がありますから、それもお持ちしますね」
なんてメルヘンなんだ。
鷹由紀は感動してしまった。
星屑集め用の瓶の中に入った星屑を想像して、高揚する気持ちが抑えきれなかった。
「わくわくして来ました、僕の世界では星屑を集める事等不可能でしたし、飲用出来るなんてまるで絵空事の様です」
「リューザキ様も以前そうおっしゃっていました、星降り期は本当に美しくて、私達の世界の人間も皆浮足立ちますから、楽しみにして下さいね」
「時間は何時からですか?」
「そうですね、一刻後といった感じでしょうか、夜は冷えますので今日のお風呂は控えて下さい、湯ざめしますから」
「分りました」
「それとフード付きのコートを、手袋はお持ちですか?」
「持っています」
「それじゃあ大丈夫ですね、甘いお茶と、さっぱりしたお茶どちらをご所望ですか?」
「さっぱりしたのでお願いします」
「後ほど全てご用意したバスケットをお届けします、鷹由紀様はお時間まで自由になさっていて下さい、私共は用意を致しますので」
「わかりました」
そうなれば、早く食事を済ませなくてはならない。
一刻と言うと、それほど時間が無いのだ。
食事を終え、食後のお茶等を飲めばあっという間に一刻は経ってしまう。
いつもより急いで食べ始めた鷹由紀を、使用人達は微笑ましげに見つめていた。


「鷹由紀様ー此方で御座います!」
食後コートや手袋を装着しているとあっという間に時間が経った。
急いで内側に毛皮が貼り付けられているブーツを履くと、使用人の人達二人に導かれて何時も居る屋敷では無く、渡り廊下を歩いて別館へとやって来た。
ぼんやりとランプが階段を照らし出す中、尖塔の様になっている建物の屋根裏へと登り、外に出た。
「うわー!!」
冷たい風が鷹由紀の頬を撫でたかと思うと、眼下の景色に声が上がった。
目線より下の場所に屋敷森が広がり近隣の特別区の屋敷が広がっている。遮るものは何もなく天上を見上げれば満天の星空が広がっていた。
「結構絶景」
「左様で御座いましょう、ここなら星降り期もハッキリとご覧になれますよ、天体観測をされた事は?」
「ありません」
「なるほど……では、カインツ」
「はい!」
カインツと呼ばれた鷹由紀達と一緒に来ていた少年が屋根に大きめのラグを敷き、そしてその上に寝転んだ。
「カインツの様に寝ころんで天上を見るだけでいいんです」
「へ〜」
なるほど、寝ているだけでOKだなんてらくちんだ。
「夜は冷えますので必ず寝ころんだらブランケットを掛けて下さい、そしてこの場所ですがヴェネディクト様方が以前星降り期を観測される際屋根際に手すりを付けました、ここはけして安全な場所では御座いませんので不用意な動き等はなさいませんように」
「はい」
足を踏み外して落ちると、運が悪ければ死んでしまうかもしれない。
神妙に頷くと使用人とカインツはにっこり笑った。
「此方がバスケットとブランケットです」
渡されたバスケットはずしりと重かった。
カインツがバスケットの中身をランプで照らしてくれる。中にはコルクで栓がしてある陶器と小さなかごに入ったサンドイッチ、それに大きなガラス瓶、ベッドにあるのと同じ大きさのブランケットだった。
陶器はほんのり熱を持ち、この中にお茶が入っているのだろう。
バスケットの隅には細長いカップが入れられていた。取敢えずバスケットから大きな瓶を出すと瓶の重さがずしりと腕に響いた。
金具で留められた蓋が有り、丁度密封出来る作りになっていた。
「星屑をこの中に入れればいいんですか?」
「そうです落ちて来た物を手で拾って入れて下さい」
「簡単に取れるものなんですか?」
「ええ、スピードはまちまちですが、しっかり掴めますよ、頭などに当たってもそれほど痛くないので心配しないで沢山集めて下さいませね、私達も期待しております」
「期待って??」
「私の好物は星屑酒なので、余ったら頂きたく」
堂々と言うその姿に思わず笑いが漏れる。
「わかりました、そう言う事なら頑張ります」
「よろしくお願い致します、今回は仕事で星降り期の星屑拾いは出来そうになかったので、私も大変に嬉しいです」
「僕も!」
使用人二人はニコニコと笑いながら、それではと早々に屋根から退散してしまった。
屋根に残された鷹由紀はラグに取敢えず座り、言われた通りブランケットで身体を包むと夜空を見上げた。
「いつ流れるかな〜」
息が少し白い。
夜空の星は見た事も無い星座ばかりだけれど、星の輝かしい瞬きはどちらの世界も同じの様に感じた。