猫とダンス26

気絶して目が覚めると、身体は知らない内に綺麗に清められ、ルルの温かいマントに包まれ抱きしめられていた。
本来なら身体の大きなルルに抱きしめられ、場所は野外ではあるけれど気持ち良く眠れるはずであるのに、鷹由紀の口からは恨み事ばかりが零れ、ルルはそれを甘んじて受け入れていた。
「痛い、辛い、苦しい、身体がバラバラになりそうだし、下手くそっ、死ぬ……」
「死ぬは大袈裟でしょ?」
「ルルさんやられた事無いんでしょっ!」
「おっしゃる通りで…」
「だったら大人しく愚痴位聞いていて下さい」
偶に逆らうと鋭い言葉で叱られてしまう。
鷹由紀は身体中が痛いやら恥ずかしいやらで八つ当たりせずにはいられないようだった。
まだまだ、恨み事は続く。
「もう、痛くなんて大ウソだし!…どうすんですか!僕スティンガに乗ったら多分死にます」
「だから…大袈裟でしょ…」
苦笑いを浮かべてなんとか鷹由紀を宥め様と頬を撫でたが、逆効果。途端にクワっとまるで阿修羅の様に顔を険しくさせて怒りだした。
「じゃああ、ルルさんも同じ目に合ってみますか?尻にはまだなんか挟まっているみたいだし、股関節だってガクガクですし、なんか恥ずかしい場所もすっごい痛いし!!それでスティンガに乗れって言うんですか、ガクガク上下するあの馬に!!」
確かにそうなのだ。
鷹由紀が今ダメージを食らっている部分は乗馬では常に上下運動し震動が当たる場所。
これからの道のりが楽かと言えばけしてそうではない。
スティンガは馬体が大きいため歩幅も大きい。必然的に振動も大きくなる。
「それは大丈夫だからちゃんと考えているし…」
「本当でしょうね…」
「本当だよ」
ルルは帰りはゆっくりと帰るつもりだったし、鷹由紀にはスティンガの首に凭れかかって貰い、なるべく下腹部に衝撃が伝わらない騎乗を考えていた。
ゆったりと自信ありげに頷くルルに、鷹由紀は疑わしい視線を向けてはいたが、その落ち着いた様子に取敢えず信じる事にしたようだ。、
「まぁ、もういいですけれど、取敢えずお尻が痛くならない様にフカフカにして下さいね!僕だけ」
「はいはい…分りました」
「ハイは一回!」
「はい」
その返事に取敢えず留飲が下がったのか、鷹由紀はまだ小さく愚痴は言っているもののやっと気分が落ち着いたようだった。
プイッと顔を背けてしまったが、抱きしめているルルの腕にぴったりと身体をくっつけた。
言葉では何も言わないがすっかりルルを許したのだろう。
そうやって甘えてくる鷹由紀をルルはそっと抱きしめ返した。甘えてくる鷹由紀が愛しく感じる。
「ごめんね、鷹由紀…」
「も、もう…いいです…合意したのは僕だし……」
「今度はもっと大切にするから」
「そうして頂くと助かります」
「ありがとう」
許してくれて…、と言葉にならない思いを寄せて呟くと、もう恥ずかしいから辞めてくれと、鷹由紀は笑った。
「それよりルルさん、僕喉乾いちゃった」
街を出てからまだ何も口にして居なかった。
ルルに抱かれて激しく声を張り上げたので喉が少し痛い、水で良いので何かで喉を潤したかった。
「ああ、ゴメン気が付かなくて、ちょっと待ってて」
「なんかあるんですか?」
「さっきブランケットを出す時に湯の入った陶器があったんだ、多分あの二人が私達の為に用意してくれたんだね、それで星屑湯でも飲もう」
あの二人とは屋敷で鷹由紀の面倒を見てくれていた使用人の事だろう。
「星屑湯?」
初めて聞く言葉だ。鷹由紀の興味が注がれる。
「そう、鷹由紀は初めてでしょ」
「…ええ」
「それじゃあ、ちょっと待ってて」
星屑湯と聞いて目を輝かせてた鷹由紀に、早く飲ませてやろうとルルは起き上がった。
まず荷物の中から湯が入れられている陶器を取り出し、同じ場所からカップを出しお湯を注いだ。
ゆっくりと湯気が立ち上がるカップ。それから星屑瓶の中から数個星屑を取り出して鷹由紀の元へと戻った。
「起きられる?」
「多分…」
すっかりルルの手元に視線を奪われている鷹由紀を、ルルは介助しながら抱き起こす。
起きて椅子の背もたれに寄り掛からせた鷹由紀にカップと数個の星屑を手渡した。
「このコップの中に星屑を入れて溶けたら飲むんだよ、はい」
「普通に入れていいんですか?」
「うん、星屑は溶けやすいから早めに入れて」
「ああ!は、はい」
持っているだけでジワジワと溶けだしていたので、鷹由紀は慌てて湯気の立つカップへ投げ込んだ。
すると星屑は湯に浸かった場所からシュワシュワと音と泡を出し、あっという間にお湯の中に溶けてしまった。
「うわーぁ」
「溶け切ったら飲んでご覧…」
お湯にもう星屑が無いのを確認してから鷹由紀は恐る恐るカップに口を付けた。
カップの中身は若干酸味がある甘い飲み物へと変貌していた。
「おいしぃ……」
まるで味はスポーツドリンク。さっぱりとしていてほの甘い。
どっと疲れた鷹由紀の身体には丁度良い飲み口だった。
「これ本当に美味しいです」
「良かった口にあって、今晩子供や伴侶が取って来た星をこうやって飲んでいる家もきっと多いよ、ほら鷹由紀地面を見て御覧」
そう言われて指さされた草原の下へと視線を向ける。
「見える?」
「草?」
「ああ、ちょっと見えてないね、ごめんね」
ルルはそう言って鷹由紀を膝立ちさせて、外を見る様に促した。
なんだろうと思いつつも外を覗き込み地面へと目を向けると、息を飲んだ。
「わぁっ!雪だっ!!」
「違うよ、よおく見て御覧」
そう言われて目を凝らすと、雪の様に見えていた部分は淡く光っている。小さな山が所々に出来ており、それは時折カシャンと音を立てて割れていた。
「もしかして……星屑?」
「そう、星屑…ここは街中より空気も澄んでいるし気温も寒いからこうやって沢山降って来た星屑達が平原に積もるんだ」
「うわぁぁ……」
相変わらず天から雨の様に降る星屑達は地面に当たりパリンと砕かれながらも、細かい欠片となって地上に積もり続けていた。
所々平原が淡く光り、それが雪が積もったかのように見えるのだ。
「きっと夜が明けたら、一面星屑だらけだよ、日が昇ってしまえばあっという間に消えてしまうけれどね」
「じゃあ、今だけなんですね…」
「うんそう言う事になる…」
ルルは外に手を伸ばした。
すると、無数に流れている星屑の一つが、ストンとルルの手の中に落ちて来た。
「ねぇ鷹由紀…」
「はい、なんですか?」
「これ…貰ってくれる?」
そう言って差し出されたのは今さっき落ちて来た星屑。
まだキラキラしていて溶けていない星屑をルルは大切そうに鷹由紀へと差し出した。
「突然どうしたんですか?」
「聞かなかった?星降期の話し」
「男性が星狩りする事でしょうか…」
「そう、星屑期の「星狩り」はね、実は「欲しがり」と言う言葉が掛けられているんだ。恋人になって欲しい、妻になって欲しい、伴侶になって欲しいと切望している男が、思いを込めて欲しがっている人へ星を渡す。いつからか分らないけれど昔からずっとこうやって星屑をこの国の人々は愛しい人に送っているんだ…鷹由紀は貰ってくれる?」
少し心配そうに見詰めてくるルルに鷹由紀は苦笑いを浮かべるしかない。
「もう、僕はルルさんに伴侶になりますと言ったはずですけれども…」
「うん、分ってる、だけれどこれは、この国のどの伴侶を迎える人もやる通過行事みたいなものなんだ、小さい頃からね私も伴侶にする人には是非渡したいとずっと思っていた事なんだよ」
バレンタインの様な位置づけなのだろう。それならちゃんと貰っておかなくてはならない。
「僕の世界にもこれっぽいものがありました…こんな素敵な品物じゃなかったけれど」
そう言ってルルから星屑を受け取ると、その星屑にそっと口づけた。
「ありがとうルルさん…これから宜しくね、くすぐったい、けれどこんな素敵な夜にプロポーズを受けるのも悪くないですね、星屑が消えちゃう運命なのはもったいない気がするけれど」
手の中で静かに溶けていく星屑を大切そうに持っていたカップに入れた。
「お腹すいた?」
「ううん、そうじゃないんですけれど、手に持ったままだと結局溶けちゃうから」
「そうだね…、夜が明けて、星屑が溶けたら家に戻ろう、家に帰ったらご飯を作ってあげる」
溶け切ったカップの中身を飲むと少し甘さが強くなっている。
ルルにそれを差し出すと一口飲んだ。
「ちょっと私には甘いな…」
「そうですか?僕はまだ美味しく感じます」
クスリと鷹由紀は笑う。
これが二人初めての共同作業じゃないけれど、ケーキを食べさせ合うカップルの様だと鷹由紀は感じていた。
温かい飲み物を飲むと、身体中がポカポカになった気がしてきた。
眠気が徐々に迫ってきて、そろそろ起きているのが辛くなってきた。
「早く家に帰ってベッドで寝たいかも…明日もベッドでダラダラしてもいい?」
「勿論、鷹由紀は眠っていていいよ、私がベッドにご飯を持っていって食べさせてあげるから」
甘く蕩ける視線と言葉はくすぐったいが、とても幸せな気分になる。だが、もっと甘やかされたくて鷹由紀は試す様な事を言ってしまう。
「そんなに甘やかしていいの?…僕我儘になってしょうがない伴侶に落ちぶれちゃうかもしれないよ」
「そんな鷹由紀になっても私は愛し続ける事が出来ると思うよ」
ふんわりと包み込むように微笑んだルルの言葉は本当だろう。
何があっても受け入れてくれるルルを心の底から愛せる気がしてきていた。
「……いつかきっと、言うからね…」
「なにを?」
「その時になったらのお楽しみ…」
鷹由紀は含みのある頬笑みを浮かべると、ルルの胸の中に飛び込んだ。
「さぁ、寝ようルルさん、ここは外と一緒だから温め合いながら朝を待とう」
「うん、そうだね」
嬉しそうに笑ったルルを見て、既にもう愛し始めている事に鷹由紀は気が付いていた。
「もう、言っちゃうかも」
「何が?」
「分ってないの?」
ダメだな、と鷹由紀は笑ってルルの耳にその言葉を囁いた。

END
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