君を我寵愛せし 12

後は何も覚えていない。
強烈な羞恥と下半身の痛み。僕が泣きながらどこかへと逃れようとすると公爵はその僕の身体を引きもどし彼の好きな様に動かされ、僕の身体はまるで公爵の玩具の様になっていた。
自分の自由になるのは瞳の瞬きくらいで、何度も酷い痛みを感じ気を失いを繰り返していた。
何時の間にそのまま眠ってしまたのだろうか、目を覚ますと、ゾエが僕を心配そうに見下ろしていた。
「……ゾエ?」
擦れた声が漏れる。
見なれた顔に安心し、体温を感じたくて手を伸ばすとその手をしかと握ってくれる。
「坊ちゃま帰りましょう、戻りましょう」
「なんで?大丈夫だよ、僕は」
ゾエの目は真っ赤だ。きっと僕より部屋の外で苦しんだに違いない。
僕も苦しかったけれど、母に連れられてやってきた古参の侍女がどれほど責任感を持ち愛情を持って僕達に仕えてくれるか知っていたから胸が痛んだ。
「大丈夫等ありはしません。私はブノワ様をお守りする為に此方に付いて来て参りました。旦那様と奥様、亡くなったお嬢様に堅くブノワ様を守りすると誓ったのです。その誓いは公爵様もお守り下さると信じておりました。ですが、こんな事に……私がもっとしっかりしていれば……」
後悔の涙を堪えられずゾエは涙をぽろぽろと流すと、僕の手を胸に抱えた。
可哀想なゾエ…。
僕がしっかりしていないから彼女を苦しめてしまう事が辛かった。
「仕方ないよ……僕、奥さんだしこういう事もあるよ、夫婦だもん」
「ブノワ様はこんな目に合われる為に公爵家へいらした訳ではありません。貴方様は伯爵家の人間、こんな不当な目に合う等許されるはずがありません、アメリに早馬を出させました。今頃旦那様方にお話しが耳に入っているはずです」」
「えっ?」
そんな大事になってしまったのか。
僕は思いもよらない物事の展開に戸惑いを覚えたが、ゾエの怒りは本物の様で僕が今更何を言ってもどうしようもない様に感じた。よく部屋を見てみれば、昨日まで部屋に溢れていた僕が自宅から持ってきたモノが綺麗に片づけられている。
もしかしたらこの家に来た時の箱に再び入れられてるのかもしれない。
「勝手な事をしてしまい申し訳御座いません」
どうなってしまうのだろう。
漠然とした不安が胸の中に生まれたけれど、どうしていいのか分らなかった。
今の僕の身体は鉛の様に重くて、目元もヒリリと痛む。
多分歩く事もままならないだろうと簡単に想像できるこの身体の僕が出来ることと言えば、これ以上身体が酷くならない為にベッドで大人しくしているくらいだ。
ふぅと溜息をついてベッドに身体を鎮めると、昨晩の事が色々思いだされた。
自分では完璧に事をこなしたつもりだ。
理解ある妻を演じられたはずなのに、どこを違えてしまったのだろうか。
「なにが、お気に召さなかったんだろうね、ゾエ?」
彼の逆鱗に触れてしまったらしいが、その理由が全く分らないまま。
何か失礼な事をしたのなら公爵にされた事はひとまず置いておき、まずは謝りたかった。
家族以外の人とは極力接せず、ずっと家族と使用人たちに守られて育ってきた僕にとって、何もかも分らない事ばかりで、人の気持ちがあまり推しはかれない事をはじめにちゃんと伝えておくべきだったのかもしれない。
「僕はダメだね」
「ダメでは御座いません。ブノワ様は立派で御座います」
「そう?」
「ええ」
身内贔屓の言葉だと分っていても今はそれが嬉しかった。
にっこりとほほ笑んだ僕に、ゾエは魔法の様に暖かく甘い飲み物を背後から出してくれた。飴の様に甘くとろりとした飲み物は僕の小さい頃からの好物で、こういう喉が痛んだ時は特に呑みたい飲み物だ。甘い飲み物をゆっくりとすこしづつ口にしていると、先程まで静かだった階下が俄かに騒がしくなっていた。
「あれはなに?」
「さて、どうしたことでしょうか?見て参りますね」
ゾエは柳眉を顰めさせて足早に出て行くと、それと前後するかのようにその喧騒は僕の部屋へと近づいて来た。いよいよ何事かと、僕は身を起して飲み物をサイドテーブルへと置くと、大きな音を立てて寝室の扉が開かれる。
「ブノワっ!!!」
入ってきたのは、父と母だった。
「戻るぞ!!」
父の顔は真っ赤になって怒っていた。母は部屋に入るなり引き連れて来た侍女や侍従達に早速荷物の運び出しを指示している。
急にバタバタとし出す部屋に僕は面喰ってしまい硬直していると父はそのままの勢いで僕を抱きしめた。
「一人にしてすまなかった」
「ど、どうして?」
何が起こっているのか今一理解出来ない僕は父と母の顔を交互に何度も見るしかない。
「帰ろうブノワ……こんな所にお前は居てはいけない」
「父様?」
顔を見上げると父は何時もの様に微笑んでいる。
「ででも、それはいけないことです。このこと公爵様はご存じでいらっしゃるのですか?」
「彼は関係無い。ブノワはこの家には相応しくないと私が判断しただけだ」
「では、勝手に出て行く事は出来ません」
「問題ない」
父が強い瞳を僕に向けそのまま僕を抱き上げた。意外とまだ力強い腕が僕を支える。母はそんな僕を背中からそっと抱きしめた。
「本当に問題は無いのよ、ブノワは私達の元に帰って来てくれていいの」
「ですが……」
どうしてなのか理由が分らなかった。戸惑い意味が分らず父に抱きしめられながらもウロウロと視線を泳がせていると、下から新たな怒号が響きそん中から見知った声が響く。
「これは一体何事だ!!!!」
「公爵様…っ」
震えが走った。
この騒ぎを聞きつけ公爵が屋敷に帰って来たのだ。
多分今まで城に出向いていたのだろう。引きつれた従者と両親が連れて来た従者達が押し問答を繰り広げているようだった。
こんな騒ぎを起こして良いのだろうか。
僕は両親も公爵の事も心配になってしまい、胸がドキドキと鼓動を打つ。
下では此方へこようとする公爵とそれを止めようとする父が連れて来た侍従が争っているようだ。
「不快な声だ」
「ええ、左様でございますわ」
両親は眉間に皺を寄せると、部屋を見回し粗方片付いているのを確認して僕を抱いたまま歩きだした。
「父様僕は一体どうなってしまうのですか?」
「この結婚は一旦中止になる」
「何故ですか?!」
「大切にされない花嫁であるならば、お前が花嫁になる価値が無い」
ゾエに全てを聞かされているのだろう。父の目の奥には怒りが灯っている。
だが、僕は納得できなかった。
酷い事はされたが、よくある話しだ。
貴族社会では愛人が居ても公で堂々としている人も多いと聞くし、中には妻に暴力を振るう人も居ると言う。それが普通ならば僕に行われた事も普通なことであって、嫌だけれどそれは僕が我慢しなければならないことなのだ。
それに、最初お会いした時の優しさは本当だった。結婚式の時の柔らかな視線も本物の優しさだと思う。
きっとあの事は僕の責任もあるはずなのだ。
姉が愛した人を悪く思いたくはなかった。
「父様、僕は花嫁としてキチンとお勤めを果たしたい!姉さまの代わりに頑張ると誓ったのですから」
「お前の志はよく分っているつもりだ、だがブノワこの件はそれだけにとどまらないのだよ」
「どう言うことですか?公爵は何も悪い事はなさっておりません」
「それが普通の男女ならな」
「え」
一体どういうことだと母様に助けを求めると、母様は年老いても美しい面を僕の頬に摺りよせ、頭を抱きしめた。
「ブノワは両性でしょ。両性と娶ると言う事は神と婚姻を結ぶ事に近しい事なの。だからこの貴族社会で普通に行われている男女乱れた交友等もっての外、両性と結婚した方は唯一無二の両性をただ一人愛し守らなくてはいけないのよ」
「そんな……僕はそんなこと全く」
僕は知らないことだった。
それが顔に出たのだろう。母は眉をハの字にして表情を曇らせる。
「ごめんなさい。両性はね滅多に婚姻出来ないからブノワにこの話はしなかったの。期待させてはいけないかと思って……」
目を潤ませた母に僕は二の句が継げなくなってしまった。
何も出来ない僕なのに、まるで神の様な扱いを受けている事に酷く違和感を感じる。
「僕は神様じゃないよ」
「わかっているわ、両性を持った親は誰よりも弱い貴方達を守りたいの、少しでも長く生きて欲しいのよ」
だからこの様な取り決めがあるのだと母が口外に僕に伝えて来た。
「二つの性を持って生まれたお前は神の姿を具現している、そのお前を裏切る行為により公爵の元には置いておけないのだ、わかったな、ブノワ」
父は僕を抱きしめ有無をも言わさぬ力強い口調で窘める。
「それじゃあ公爵様はどうなってしまうのですか?僕は??」
震える僕の身体を母は抱きしめて「安心して大丈夫よ」と言ってくれたが父の言葉は異なっていた。
「ブノワは安心してウチに戻りなさい。公爵はこれから話し合いがもたれる事になる」
離縁のふた文字が頭の中をよぎった。


両親に抱えられるように階下へ降りて行くと、玄関ホールから身動きの取れない公爵が目に入った。
「公爵様」
僕が声を上げると気がついた様に視線が合う。
その視線は複雑な色を抱えたまるで手負いの野獣の様で、以前の優しかった公爵様と同一人物の様にはとても思えなかった。
「さぁ!道を開けろ!!」
父が声を張り上げると、公爵の周りに取り巻いていた人達が一斉に公爵側を押しのけた。
「ロイヤルブルー」
深い青に菊の意匠。
王立騎士団、国王付きのファーストと呼ばれる、騎士団達の姿だった。