君を我寵愛せし 13

「父様これは一体どういう事なんですか?ロイヤルブルーが動くなんて」
「当り前のことだ」
もう気にしなくても良いと父は僕を抱き上げてそのまま歩きだした。
親衛隊を兼任するロイヤルブルーと呼ばれる騎士団は、国を守るだけではなく王家に害する者を排除する役目もある。
父が動けば騎士団が動く。ロイヤルブルーは公爵家の侍従や私兵達を押しのけ、僕達を護ってくれていた。馬車付近には実家に居た頃の見知った顔が幾つかあり、僕の顔には自然と微笑みが浮かびあがっていたかと思う。目から涙を流す老執事に思わず手を伸ばした時に怒号が響いた。
「ブノワをどこに連れて行くのですか!!!」
公爵だった。
ロイヤルブルーを振り切り僕たちの元へと近づこうとしている、僕は咄嗟に父に抱きついた。
「お前に知らせる義務は無い!」
「ブノワは私の花嫁、幾らご両親といえど私の許可なしに連れ去る事は許されない!」
「お前にそんな事が言える資格があるものか!!お前の元にブノワを嫁がせた私の判断ミスだった」
「なんと!幾ら王弟殿下とは言えど……っ!!」
興奮した公爵が父様に襲いかかろうとすると一斉にロイヤルブルーが動き出した。公爵はあっと言う間に拘束されてしまう。
その扱いは犯罪者の様に見えた。手荒い仕打ちに僕は思わず声を上げてしまう。
「父様、あまり酷い事は」
「大丈夫、お前は心配しなくて良い」
苦痛や怒りに歪んだ公爵の顔がギラリと父様を睨みつけたが、余裕を漂わせ穏やかに微笑んだ父様は僕の頭を優しく撫でた。
僕はどうしたらいいか分らず戸惑うことしか出来ない。
夫である公爵を擁護しなければならないのに、父の言いようもない迫力に僕は黙るしかなかった。
父はそんな僕を優しく包みながら深く溜息をついた。
「見なさい、こんなに天使の様な我が子は愚かなお前を未だ心配する気持ちを持っている。よいか?お前はこれから詮議される事になる。ブノワの事より御自身の事を心配されるのだな」
「詮議だと?!公爵の私に!!一体何事なのだ?!」
「貴殿は愚かなのか?両性を嫁に貰うと言う事はどういうことなのか?この国の幼子でも知っていることだ!公爵であるから法の下に己の身は関係無いとお思いか?両性を粗末に扱った者達は厳しい法の元に寄り罰せられるのは当り前のことだ!!」
父の鋭い声が上がると公爵はビクリと身体を竦ませ、口は封された様に黙ってしまった。
「これ以上何も言う事はない、失礼する」
父様はそう言うと僕を抱き上げたまま屋敷へと戻って行った。
公爵の事は気がかりだったけれど父の胸の中は僕を心底ホッとさせ、家に戻る事は出来ないと強く言う事は出来なかった。


家に戻ると僕は久方ぶりに高熱を出した。
僕の体調を心配した両親は熱が下がり体調が元に戻ると、気候が温暖な場所にある別荘で暫く過ごしてみないかと父様が切り出してきた。
少し考えてみる。
暖かい場所は過ごしやすいし僕の身体には適切の様に思えるけれど、そのまま隠居の様に暮らす事になりかねない。
まだ公爵様の元に戻るつもりの僕にとっては困る話だった。
「いつ公爵様の元に帰れますか?」
「もう暫く経ってからだよ」
「酷い事はしていませんよね」
「ああ、勿論だ。彼には今一度勉強をして貰っている。お前を娶ると言うことを理解し改心してくれたら直ぐにまた会えるようになるよ」
「良かったです、僕そのまま屋敷でずっと過ごす事になるのかと思いました……」
目の前に穏やかに微笑んでいる父様が心中穏やかではないのは想像出来たけれど、ずっと別荘に住む訳ではなさそうなので今は大人しく別荘に向う事にした。
何れは本当に会わせてくれるだろう。
そう信じて。
別荘へはそれから直ぐに向った。
昼夜ほぼ気温変わらず温暖で過ごしやすく僕の身体にも優しい。家の別荘の他にも両性の人達が居を構えている。
僕の家は周囲に貴族の屋敷等が無く、大きな森の入口付近に家が建てられていた。
過度の装飾は一切ないシンプルな建物ではあるが体の弱い両性に気配りをした作りになっており、僕自身将来はここでゆっくり過ごすつもりの場所だった。
朝起きると森に住む小鳥たちのさえずりで目を覚まし、時折顔を見せる野性のウサギや鹿等は僕の目を十分に楽しませる。
この場所の郷土料理の素朴なパイやスープ等は滋養も有り日々身体が健康になって行くのを感じていた。




「アメリーそれじゃあ行ってくるねー!」
「ブノワ様!お待ち下さい!アメリも御供致します!!」
「えーいいのにぃ」
僕はこの別荘に来てお気に入りになった麦わら帽子を被り、腕には籠を持つと遅れてやってくるアメリを渋々待った。
これから敷地内にある野イチゴを摘みに行くのだ。早く行きたいのを堪えてそわそわとアメリを待っていると、アメリは僕に外套を着せ付けた。
「そのままでは野イチゴの棘にやられてしまいますから」
「ありがとう、それより早く早くいこう!」
「はい、わかっておりますよ」
僕にせかされて苦笑いを浮かべたアメリは、僕の手をぎゅっと握って微笑んだ。
「沢山、摘み取れると良いですね」
「ちょっ!待ってよアメリ!!」
「そうだね、楽しみ、沢山取れたら中央の屋敷に居る両親やお兄様のご家族にも何か加工してお送りしたい。あと、受け取って下さるなら公爵様にも……」
「ブノワ様……」
アメリは公爵の話をすると否定的な事は言わないけれど顔を曇らせる。きっと公爵の事をよく思っていないからだ。
「きっとご事情があられるんだよ、僕にされた行為もきっとご理由があるはずだよ」
僕はこの屋敷にやってきてそう思う様になっていた。
姉様を愛しみ、婚姻を結ぶまでは公爵は素晴らしい婚約者だった。きっと彼に何かがあったはずだと最近は考える様になった。
憎んでも仕方が無い。
彼との婚姻は続いている限り、僕は彼を信じてみようとそう思っていた。
「ブノワ様はお優しすぎるのです」
「そう?」
「はい!!絶対にお優しすぎます!!」
そんな僕をアメリは不服みたいであからさまには悪口を言わない代わりに僕を叱る。
「アメリも僕に優しいから一緒でしょ?」
「それは違います!!ブノワ様のお優しさは天使級です」
「なに?それそんなことないよ」
「そんなことあります!!」
「公爵様の話は聞きたくないんだよねごめんね。でも僕はもうアメリの前でしか話せないから…甘えちゃってるよね」
「え?」
「ごめんね」
アメリを見上げると、ぐっと息をのみ込んでフイと視線を反らせた。
「そーゆー所ずるいです!ブノワ様にそんな目で見られたらアメリは何も言えません!!」
「そ、そうなの?」
「そうです!ずるいです!!!もうこのお話しは辞めです!そろそろ着きますよ!!」
アメリはちょっと逆切れ気味に言うと、話を勝手に切り上げて早足に場所へと向かった。
その場所は敷地の中でも端っこ。
森の奥に向っている敷地外れにあった。少し古ぼけた鉄柵の前にこんもりと茂った野イチゴの群生がある。
昨日、屋敷の者が見つけたと言うそこは周囲に甘酸っぱい匂いをまきちらし所々既に動物たちが食べた後があった。
「見て!アメリ!!沢山ある」
青々とした緑の中に宝石の様に輝く実はとても美味しそうで、自然に足が速まった。
「今日のデザートはイチゴタルトに致しましょうね」
「イチゴ水もね」
「はい勿論です」
アメリは大きく頷くと、僕に棘に気を付けてと手袋をはめてくれる。
早く摘みたくてうずうずしている気持ちを抑えつけ、手袋が嵌ると直ぐに僕は野イチゴ摘みに夢中になった。
綺麗に熟した野イチゴは触れるとすぐにポロリと落ちる。
僕は実を傷めない様に慎重に実を取っていった。籠も半分ほどになるとアメリがお茶を提案してくれた。
「ブノワ様お疲れになりませんか?」
「そう言えば少し疲れたかも」
「それではお茶にしましょうか?」
「うん、いいね」
「それでは持って参りますね、少しお一人になりますが平気ですか?」
屋敷までは歩いて数分。屋敷後ろは使用人がよく出入りするし、遠めに警備の衛兵も見える。
「勿論平気、変な人が近寄ってくる気配があれば直ぐに逃げるよ」
僕が頷くとアメリが微笑んだ。
「良い心がけで安心します。直ぐに戻ってまいりますのでお待ち下さいね」
「うん、分った」
僕が頷くとアメリはすぐさま立ち上がって屋敷の中へと戻って行った。
屋敷までは歩いて数分だ。見通しも良いし遠くには衛兵がいるのも見えるので僕は安心して彼女を待っている事にした。
取敢えず手を休め彼女を大人しく待とうと鉄柵に寄り掛かった時だった、馬の嘶く声が遠くから聞こえたかと思うとそれは突然に起こった。
遠くの木立の間から黒いモノが見えたかと思うと、それはあっと言う間に鉄柵の近くへとやってくる。
馬に姿を隠す様な大きなマントと顔を布で覆った男が僕の目の前に居た。
逃げなくては。
咄嗟にそう思いキビを返し走り出そうとした時だった。その黒い人影が馬から飛び上がりあっと言う間に僕の目の前へと降り立った。
「なに?!」
腕を掴まれグイッと恐ろしい力で身体が中に浮きあがった。僕はあっと言う間に男の胸に抱きこまれ、あろうことかそのまま鉄柵の外まで連れられてしまった。
「離してっ!!!」
このままではマズイと、遅いながらも僕がもがく。手をメチャメチャに動かし身体を捻らせると、偶然指が顔を隠していた布に引っかかり、地面へとハラリと落ちた。
「どうしてここに……っ!!!」
布が落ち顔があらわになるとそこには謹慎中であるはずの公爵がまるで平民の様な出で立ちをして僕を胸に抱きこんでいたのだ。