君を我寵愛せし 3

下が騒がしいと気がついたのはその馬に乗った人々が屋敷に入って程なくしてからだった。
姉が亡くなり輿入れをしなくなったとは言え、両家との繋がりが消えた訳では無い。きっと姉が亡くなった残務処理でやって来たのだろうと気軽に考えてた。
だがその夜僕の考えが見当違いだった事が分る。
食事が終わり、サロンと呼ばれる大きな家族専用の居間で寛いでいると父が重い口を開いた。
「ブノワ話しがある」
この数日ですっかり老けこんでしまった父が僕を呼び寄せる。緊張した面持ちで母は僕の事を見つめ、父もまた苦渋の表情を浮かべていた。様子がおかしい。
「どうされましたか?父上」
「ブノワ……落ち着いて聞きなさい、今日お前の輿入れが決まった」
「へっ?」
それは青天の霹、僕は意味が分らず父を凝視し口をぽかんと開けてしまった。
「な、何をおっしゃっているのですか?まだアニェスが亡くなって数日喪も明けてしませんし、何より僕は両性で許可がっ」
「それは重々承知の事だ」」
「では何故?!それにどうして僕を?僕は生殖能力を調べた事もありませんし、求婚を頂いた事も今まで一度たりともありません婚姻の資格がないのです」
突拍子もない事だった。一生静かに暮らすと思っていた僕に婚姻話しだと。
頭に血が上り突然起きたこの驚くべき事実に今にも倒れてしまいそうだ。父はそんな僕を分っているのだろうか「落ち着きなさい」と一言声を掛けてくると僕の肩を宥める様に摩る。
「先程サルフォード家より王家の使者と共に我が家にやって来た。クレマン・サルフォード公爵はブノワをアニェスの変わりの伴侶として望まれ、王も既に了承されたとの事だ…王まで了承されてしまうと、我がランベル家は拒否する事が出来ぬ」
「僕がサルフォード公爵の花嫁に??」
それでは姉が可哀想ではないか。
望んでいた婚姻相手の元に姉そっくりの僕が嫁ぐなど、姉に対する冒涜の様な気がしてならなかった。
それにクレマン公爵もあんなに姉を愛していたではないか。
あんなに悲嘆にくれた公爵であったはずなのに、掌を返す様に直ぐに僕を花嫁に望む等考えられなかった。
「だって父上、クレマン公爵はアニェスの葬儀であのように悲しんでいらして…あんなにアニェスを好いていた方なのに、葬儀が終わってすぐだなんて」
「葬儀の時お前にクレマン公爵を会わせてしまったのが拙かったのかもしれぬ。アニェスそっくりのお前を見た時、欲しくなったのだろう」
「そんな、ヒドイ……」
震えが走った。
これでは姉が可哀想だ。死んだら存在を直ぐに消される様なものと同じ扱いに感じた。俯きただじっと床を睨みつけた。そうしなければ叫んでしまいそうだ。
「既にサルフォード家ではブノワを花嫁として迎い入れる準備が整っているそうだ。お前を女として迎い入れると……」
最後の辺り、父はなんとも苦しそうに呟いた。
「断る事は?」
「これは国が決めた婚姻。我らが拒否するすべは無い」」
元々姉の婚姻は政略婚姻だった。ただ偶々姉とクレマン公爵が意気投合し相思相愛になっただけ。ただのラッキーな出会いだと言えた。
公爵家であるサルフォード家と前王の息子である父のランベル家。
富のサルフォードと血筋のランベルは国の更なる発展と安定のためにこの度の婚姻は結ばれたのだ。
「そんな……馬鹿な」
静かに南の別荘で暮らすはずの僕は二人の使者によってもたらされた紙切れ一枚によって脆くも崩れ去って行ったのだった。