君を我寵愛せし 2


姉の気持ちが痛いほど伝わりただ単純に嬉しくてホロリと涙が零れそうな心境に陥った。
姉とそっくりと言われる僕。
ずっと一緒。
双子の様に育った僕達がそう錯覚し始めた頃に姉の婚姻が決まり、その考えは薄氷の上になりたった思いだと知った。分った時は身が引き裂かれるほど辛かったけれど、姉の為を思えば婚姻をするのが真っ当な人生の筋道なのだ。僕の異端な人生の筋道に彼女を巻き込んでは行けないと漸くこの時になって気が付いた。
「ごめんね、アニェス」
一人立ち出来ていない僕が姉の晴れの婚姻に影を差してしまい凄く申し訳無い気分になった。綺麗に笑いたいのに歪んだ微笑みを浮かべるのが精いっぱいになる。
僕は両性として生まれついた。
どちらの性の特徴を持って生まれてしまった。
この国の王家からは神からの贈り物とされ特別に保護されている存在だが、別段それによって得する事等何一つない様に思える。生まれ持った奇異な身体の所為で、病弱で体力も無い。成長も18歳程で止まり成熟した大人にはなかなかなれないのが現状だった。また両性の場合、男性がその家に生まれれば幾ら長子だからと言っても家督相続を認められず、貴族階級の人間は生殖能力があると認められなければ結婚も難しかった。両性と結婚したいと思う男女も少なく、このところ両性同士の婚姻の話はチラホラ聞くが、他の性別との話しは殆ど上がらない程だった。ようは両性との結婚は生殖能力を有さない限りは望まれて婚姻する事は殆どないと言ってよかった。
だからだろうか、殆どの両性は結婚もせず家の中で静かに暮らし、そして年を重ねると暖かい土地に別荘を立てそこで余生を暮らしている。
僕も例に漏れず小さい頃から殆ど家の中で暮らし、兄姉が社交界にデビューしても僕だけは両親の庇護の元静かに暮らしていた。友達も同じ両性仲間か兄や姉の友達しかおらず、姉は世間知らずで自ら家を出ようとしない内向的な性格をずっと心配してくれているのだ。
「大丈夫だよ、アニェス僕は平気。父上も母上も兄上だって義姉様だっていらっしゃる」
「でも私が居なくなるわ…、当分は公爵様の家から出る事も出来ない貴方に何かがあったら私……」
「心配し過ぎだよ。それに一生会えない訳が無いでしょ。余裕が出てきたら家に遊びに来てくれるって約束したし」
「ええ、勿論よ。本当らならブノワも一緒に連れて行きたい」
「それは無理だよ」
本当は僕も一緒に居たい。けれどそれは到底無理なことだった。
人のモノになった姉の幸せそうな二人を毎日見続けてしまったら嫉妬に駆られてしまうに違いない。
多分僕は重度のシスコンだと思う。
そんな気持ちを味わうのはゴメンだった。
だから僕は笑う。
姉の幸せを精一杯祝福するしか方法が無いのだ。
「結婚式凄く楽しみだよ、アニェスの花嫁姿はこの国一番だと思う。早く見たいな」
「本当?でも私はブノワの晴れ姿が一番の楽しみよ」
そう言って笑った姉は、その翌日冷たい姿になっていたのだ。
白薔薇の様に綺麗だった姉は今は暗い土の下。結婚式当日に着る筈だった真っ白なドレスを身に纏い埋葬されている。
「アニェス……」
もう応える事が出来ない姉に向かって僕は呟いた。
姉が死んでから心は一向に晴れず、気がつくと目から涙があふれてくる。そんな僕に両親もどう接したら良いのか分からないようだった。腫れモノに触る様な毎日が過ぎる。兄は暫く家に来るかと言ってくれたが、僕はアニェスの気配をまだ感じられるこの家から出る事は出来ないでいた。
姉の輿入れ先はこの国では有力貴族のサルフォード家の嫡男であった。まだ年若い30歳未満ながら将来を嘱望されている人だった。姉はその人と婚姻を結ぶと公妃というこの国でも数人しか居ない立場になり、幸せな生活を送るはずだった。
「それなのに……」
目を閉じると葬儀の様子が目に浮かんだ。
姉の葬儀の際初めてみたサルフォード家の姉の婚姻相手は凛々しい人だった。真っ白な棺桶に入れられプレゼントされた衣装を身に纏った姉を彼が見た瞬間、右目から一筋の涙が零れていたのを鮮明に覚えている。
あの人か姉と結婚するはずだった人は。
クレマンと名乗ったその人は僕の姿を見ると息を飲んだ。
「君がアニェスの弟君かい」
「はい、クレマン公爵」
「そうか…本当によく似ているアニェスからよく君の話しは聞いていたよ」
眩しそうな瞳には薄らと涙が浮かんでいた。きっと僕の容姿は姉を彷彿とさせこの人に辛い思いをさせてしまっていると思うと真っ直ぐに顔を見る事は出来なかった。
政略上の婚姻であったにも関わらずこの様に姉を思ってくれた人。きっと姉はこの人に嫁いだら幸せだっただろう。
「本当に本当に似ている双子の様だ」
「ええ、そう言われていました」
自然とクレマン公爵の手が僕の頬に伸びて来た。一瞬僕は後ずさってしまったが、グッと堪えた。彼の手は遠慮がちにまるで壊れ物に触れるかのように僕の頬を触れ、目を潤ませていた。
多分この人は今僕の頬に触れている事さえ自覚していないのだろう。
急に姉を失った人に唯一僕が出来る慰めだ。
すると漸く自分が初対面の僕の頬を触れていた事に気が付いたのか凄く気まずそうに手を引いた。
「抱きしめても良いだろうか」
断る事は出来ない、僕はコクリと頷いた。
するとゆっくりと手を伸ばされたかと思うと突然嵐の様に抱きしめられ、首筋に顔が押し当てられた。
「アニェス……」
小さな呟きが僕の胸を打った。
きっと彼は僕を抱きしめた事を後悔する。僕と姉は同じ香油を使っているのだ。彼の鼻孔には姉の懐かしい香りが広がっている事だろう。
「すみません」
思わず謝ると、クレマン公爵は首を静かに振ってただ僕を抱きしめ続けた。
声も無く震えも無い。だが僕にはクレマン公爵の深い悲しみが伝わった。クレマン公爵をせめてと思い僕が抱きしめ返した時に、僕自身何故か急に胸が詰まり、胸がふさがるほどの強烈な悲しみに襲われた。留めなく瞳から涙が流れ姉が本当にこの世から消えて亡くなるのだと漸くリアルなこととして受け止める事が出来た気がした。
早く立ち直らなくてはと思う。
白薔薇を見ながら姉を思うこの日々も悪くは無いが、両親はこのまま僕まで儚くなってしまうのではないかと心配しているのが手に取る様に分っていたからだった。
短い溜息をつき、スッカリ冷めてしまったお茶を口にすると、窓の遥か先にある通用門が開き、二頭の馬が入ってくるのが見えた。
騎乗の人物を見るとサルフォード家の紋章が入ったマントが翻っていた。