君を我寵愛せし 7

案内された部屋は既に僕に付いて此方にやって来てくれたゾエやアメリが綺麗に整えてくれた様で、部屋のそこかしこに見知ったモノが置かれていた。
父から誕生日に貰った本や母の作った可愛らしい刺繍付きのテーブルカバー。小物入れ等も従来僕が使っていたモノをそっと二人がこの屋敷に持って来てくれていて、全く見知らぬ部屋なのに何故か安心出来た。
シュガーブルーで統一された部屋はやはり女の子っぽい仕様で設えられ、どちらかと言うと奥様と言うかまるで少女の部屋の様だ。
「これでも自重したんだが、どうだろうかやはり少女っぽ過ぎただろうか?」
「いいえ、大丈夫です」
「本当かい?」
疑っているのか僕の顔を覗きこむ公爵に微笑みで返した。
そもそも嫁に行くと覚悟してから毎日ドレス等を着せられるのではないかと心の底で思っていたから、それと比べたら部屋位別に気にならない。
まぁ元々両性なのもあって、姉や母にドレスを着せられたりしていたから抵抗が無いのだけれど、ドレスという服はなにせ動きにくいので、出来れば今の男性の恰好のまま過ごしたいと思っていた。
「はい、ブルーにして下さったのは公爵様のお気づかいですよね、両性は女性方と男性方に別れますから、多分迷われたのでは?」
「察しが良くて困るな……その通りだよ。女性方にするか男性方にするかって、僕は君の話しはアニェスに聞いていたから、どちらかと言えばさっぱり気味に……と思っていたんだけれど。君の姿を見て私の母がエキサイトしてしまってね……結局こんな感じになってしまって…」
「気にされないで下さい、公爵のお母様が用意して下さったお部屋でしたら尚更僕は嬉しいです」
「そうか……」
安心したのかあからさまに緩んだ表情をした公爵は僕に簡単な邸内の説明等をして下さった後、来客があるとかで部屋を出ていった。
「ブノワ様、ごゆっくりなさったら如何ですか?」
部屋の隅で控えていたゾエとアメリが椅子をすすめてくれるので、クッションがうず高く積まれた場所にボフッと埋もれてみた。
「なんか気抜けた…」
「でしょうとも……ご準備から御婚礼まで日もありませんでしたし、公爵様とは十分な接触も御座いませんでしたから無理も御座いません、少しお眠りになりますか?」
「うーん、そうしようかなぁ?」
「ではベッドを整えて」
「ああ、それは良いよ。ベッドで眠ってしまうと夜のディナーまでに起きれないかもしれない、少しここで眠っても良い?」
「ではひざかけをお持ちしますね」
「うん」
頷くとゾエとアメリはいそいそとひざかけを用意し、僕が寝やすい様にソファーを整えてくれた。
「何かあったらゾエが対応して、ディナーの前には起きて用意するから」
「ええわかりました」
「それじゃあよろしく」
ふかふかのクッションに眠気が誘われる。
色んな事があって疲れている身体を休めないとディナーで失礼をしてしまうかもしれない。
僕は目を閉じ、来るべきディナーに備える事にした。


「まぁ、素敵で御座いますよ」
「やはりぼっちゃまが一番です!」
ゾエが僕のリボンタイを結ぶと手放し、アメリが僕に香り水を振りかけながら褒めてくれる。
「辞めてよ、恥ずかしいから」
「何をおっしゃいますやら」
産まれてからあまり外に出た事が無い僕は、緊張で今からガチガチだ。折角綺麗に着飾らせてくれても僕はディナーで失礼が無い様にと今から頭の中で会話の仕方等を精一杯シュミレーションしていた。
「先程から上の空でいらっしゃいますが、大丈夫で御座いますか?」
「多分…」
自信の無い声がゾエの表情を曇らせる。
「私たちが付き添えれば宜しいのですが…」
今日のディナーは公爵家とその親しい限られたご友人が来ると言うディナーだから公爵家の使用人が全て仕切る事になっている。
「がんばるよ、僕が何かしてしまえばアニェスにもそして僕を選んだ公爵様にも失礼だからね」
気弱な笑顔を浮かべる僕を見つめる侍女二人は、心配を拭えない様だった。
僕はこの日の為に誂えられた落ち着いた濃いピンクのジャケットを身に付けると、両手をぎゅっと握りしめる。
「これからこういうのにも慣れなくっちゃ、僕はもう公爵夫人なんだし」
「左様ですが…」
無理はしなくても良いとゾエの瞳が語っていた。
「心もとないかもしれないけれど、見守っていて、きっとアニェスも助けてくれる」
僕はぎゅっとアニェスの肖像画が入ったペンダントを握り締めて、ディナーをする食堂へと向かって行った。


従者に連れられて向かった食堂には既に公爵とそのご両親であり既に隠居され別宅にお住まいのご夫婦が既に待っていた。
部屋は薄暗いが、シャンデリアのクリスタルが蝋燭の光に反射して幻想的な美しさを醸し出していた。
公爵と元公爵夫妻は次々とやってくる親族や親しい友人の挨拶に忙しい様だった。
僕が部屋に入ると真っ先に公爵がやって来た。
「待っていたよブノワ」
「申し訳御座いません、遅れてしまったようで……」
身分の高かった夫妻より遅く食堂に着いてしまうのは失態以外何ものでもない。
「お許し頂けるのでしたら、直ぐに謝罪を……」
「おいおい、そんなに思い詰めないでおくれ、元々ブノワは疲れている様だから使いのモノを遅く手配したのは両親なんだ。それよりブノワ疲れてないかい?」
怒られるどころか逆に気を使われてしまい、困った事態になってしまった。
するとそんな僕と侯爵に華やかな声が掛けられた。
「あら、此方が花嫁でいらっしゃるブノワ様で?」
ふんわりと香る華やかな香りの方へ視線を向けると目鼻立ちのハッキリとした美女が立っていた。
「これはアンヌ、よく来てくれた」
公爵はその女性を見た途端、破顔すると大きく手を広げて抱きしめた。
「歓迎して下さって嬉しいわ」
親しげにキスを交わし、僕にチラリと投げられた視線はなんとも色つやに溢れている。なんとなく気おされてふいと視線をそらせてしまうと、途端に笑い声が上がる。
「あらあら、私可愛い花嫁様に嫌われてしまったようよ」
赤いルージュがニヤリと上がる。
綺麗で毒々しい花の様で僕は苦手な感じの人だった。